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2018.10.22

【現地レポート】壁を超える音楽(パレスチナ活動報告/2018/10)

安田 菜津紀 Natsuki Yasuda

安田 菜津紀Natsuki Yasuda

佐藤 慧 Kei Sato

佐藤 慧Kei Sato

2018.10.22

Report #Sato

『ババガヌージュ』を結成したのは2016年3月、ロックバンド『LUNA SEA』や『X JAPAN』でギタリスト、ヴァイオリニストを務めるSUGIZOさんと一緒に、ヨルダンにあるシリア難民キャンプを訪れた時のことだった。「個人として難民の方々に会いにいきたい」と言っていたSUGIZOさんだが、キャンプでの演奏を求められ、現地でヴァイオリンを調達した。同行していた斉藤亮平さん(現・特定非営利活動法人JIM-NET職員)がキーボードを、そして僕がアコースティックギターを担当させて頂き演奏した。反応は想像以上だった。難民キャンプという環境では、音楽を自由に楽しむこともできない。様々なストレスを抱え生活を送る人々が、この即席のライヴに体を揺らして熱狂した。普段人前では感情を抑えがちなシリアの女性たちも、立ち上がり手を叩いた。こどもたちはSUGIZOさんの真似をしてヴァイオリンを弾くふりをする。国や言語、宗教や置かれた状況を超えて、何かが通じ合った瞬間だった。「音楽は心を開放させることができる」というSUGIZOさんは、難民キャンプに音楽を届けることの意義を、このライヴを通じて確信した。難民キャンプでの演奏を専門とする特殊なバンド、『ババガヌージュ』はこうして結成されたのだ。ちなみにババガヌージュとは中東料理の一種で、SUGIZOさんの大好物。茄子をペースト状にすり潰したものにオリーブオイルやニンニクを加えたものだ。

2016年にヨルダンのザータリ難民キャンプにて。

それぞれのソロ活動(ミュージシャン、NGO職員、フォトジャーナリスト)に忙しい『ババガヌージュ』だったが、2018年9月、再び中東でのライヴ計画が始動した。「20年前からパレスチナを訪問したかった」というSUGIZOさんが、今度は自身のソロプロジェクト、『SUGIZO COSMIC DANCE QUARTET』での本格的な演奏をパレスチナに届けようと動き出したのだ。『ババガヌージュ』はそのライヴの一部として、再び演奏をさせて頂くこととなった。現地での調整にあたったのは(株)インターナショナル・カルチャー・エクスチェンジ・ジャパンの山本真希代表だ。「国や政治でパレスチナの問題に関わることは重要ですが、民間の交流を通じて状況を訴え、変えていくことも重要だと思っています」という山本さんは、現地の文化振興NGOらと協力し、ライヴ会場や設備の準備を進めていった。

SUGIZOさんはパレスチナ西岸の街、ラマッラーの中心地を歩きながら「故郷に帰ってきたようだ」と語る。パレスチナというと、一般的にはどのようなイメージを持たれているだろう。イスラエル建国に始まる国境線の争いによる闘争と占領。地上の監獄と化しているガザ地区。国際法を無視して進められる西岸地区へのイスラエルの入植地建設とそれに対抗する人々。ウォールペインティングで現状を訴えるバンクシーを思い浮かべる人もいるかもしれない。延々と続く壁と、迫害・抑圧される人々。そんな負のイメージがパレスチナという名前にはこびりついているのではないだろうか。そういった惨状は確かに存在するし、人権や倫理を規範とする世界を築いていくうえで、この問題から目を背けることはできない。しかしそこには、僕らと同じ、顔と名前を持った人々が存在し、今日という日常を生きていることを忘れてはいけない。ラマッラーの中心地から伸びる市場には、新鮮な野菜や果物が所狭しと並べられている。西にはキリスト教徒、東にはイスラム教徒の町があり、共に争うことなく平和に暮らしている。日中は強い日差しに晒される中東地域では、日が沈んでから外に遊びにでかける子どもたちも多い。大人たちもシーシャ(水タバコ)を持ち出し、近隣の人々とパイプを回しながら談笑する。街中にアザーン(イスラム教の礼拝を呼び掛ける音声)や教会の鐘が響くと、神聖な粒子が空気に染み渡っていくようだった。笑い、泣き、今日を生きる人々の息吹がそこにはあった。

活気のあるラマッラー市街地。

中東の街歩きは大好きだというSUGIZOさん。

今回の滞在で予定しているライヴは3つ。最初のライヴは、ラマッラーの市役所ホールでの公演だった。SUGIZO LIVE「COSMIC DANCE in PALESTINE」と銘打たれたこのイベントでは、山本さんらによるパレスチナ刺繍帯と着物ショー、日本舞踊、現地の若者によるダブケ(民族舞踊)も上演される。ぎっしりと会場を埋め尽くす人々を前に、『SUGIZO COSMIC DANCE QUARTET』の面々が登場した。いったいどんな音楽が奏でられるのだろう。きっとそんな不安と期待でステージを見つめていたであろう観衆を前に、爆発的なビートが炸裂した。前衛的なエレクトロニックミュージックに、空気を震わすドラム、圧倒的な世界観を網膜に焼き付ける映像、そこにSUGIZOさんのギターから紡がれる6弦の響きが加わると、観衆は一瞬にして別の世界に飛ばされたようだった。聴いたこともない音楽に初めは戸惑っていた人々も、心臓の鼓動のような重低音に体を揺らし始める。気が付けば、会場全体がひとつの生き物のようにうねりはじめていた。『ババガヌージュ』で演奏させてもらったアラブ音楽では、会場総立ちでの合唱が始まった。音楽が、国境を越えた瞬間だった。

会場となったラマッラー市役所ホール前にはモダンな噴水広場がある。

「初めて聴く音楽だけどすっかりファンになっちゃった!」と地元の子が語ってくれた。

2回目のライヴは、ベツレヘムにあるアイーダ難民キャンプでの演奏となった。直前まで会場も定まらず、イチかバチか、直接現地に赴いての会場探しとなった。訪れた難民キャンプ内の学校で事情を説明すると、同地区にあるアートセンターの屋上で演奏してはどうかとの提案を受けた。その屋上からは、人々を分断する灰色の壁が近くに見える。急遽音響機器を手配し、持参した機材を屋上まで運ぶ。何度も階段を上り下りして、少しずつ準備を進める「手作りのライヴ」だった。日の傾きかけたころ、近隣の子どもたちを招いての演奏が始まった。舞台もない、照明もない、子どもたちと同じ目線でのライヴ。熱狂した子供たちはドラムやギター、エレクトロニックミュージックを奏でる珍しい機器に手を伸ばす。「今までで最年少の観客たちだった」と語る演奏後のSUGIZOさんに、ヴァイオリンを弾かせてもらおうと子供たちが群がってきた。SUGIZOさんは「この子たちの中から自分も音楽をやりたいと思うような子がひとりでも出てきてくれたら嬉しい」と話す。

SUGIZOさんのヴァイオリンを演奏したい子供たちが集まってきた。

ナブルスという街での3回目のライヴでは、地元のミュージシャンにも共演して頂いた。「すっかりSUGIZOファンになっちゃったわ!」という歌手の女の子は、いつか自分も世界に音楽を届けられるミュージシャンになりたいと夢を語った。最後に奏でた「The Voyage Home」という曲は、SUGIZOさんが2016年にヨルダンのシリア難民キャンプを訪れたときに得たインスピレーションから生まれた曲だ。はじめはシリアの戦火から逃れる人々を想って演奏していた曲だが、今は「故郷」を追われた全ての人々に対する曲として成長してきたとSUGIZOさんは話す。切なくも優しいメロディーを聴く人々の中には、静かに涙を流す人もいた。「故郷」とは単に物理的な場所の呼称ではない。その場と共に育まれてきた数々の思い出が、人生の一部として「故郷」を形作っているのだ。パレスチナの問題は根が深く、解決も難しい。現状の世界のままでは、弱者は声をかき消され、歴史からその存在を葬り去られるしかないかもしれない。以前ガザ地区で出会った女性はこう語ってくれた。「恐ろしいのは物理的な壁じゃないわ。人々を引き裂き、憎しみを生み出す“心の壁”こそが問題なのよ」。その壁は僕らの中にも存在しないだろうか。パレスチナの問題は、日本から遠く離れた世界の出来事ではなく、僕らが生きる「今、ここ」に在る問題なのだ。その壁を越えていくために、音楽は心の架け橋となってくれるものかもしれない。全ての人が安心して、それぞれの音楽を心行くまで楽しめる世界が、いつか実現することを願って。

瞳の奥では、国も民族も宗教も超えた何かが繋がっている。

(写真・文:佐藤慧/2018.10.22)

2018.10.22

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