vol.0021 of AFTERMOD E-PRESS

AFTERMOD E-PRESS 第21号

00【巻頭】『未知の領域に踏み込む視点』


 こんにちは、2011年の幕が明け、早くも1カ月が過ぎ去ろうとしています。光陰矢の如しとはよく言ったもので、ぼやぼやしているとあっというまに大晦日、なんてことになりかねません。未来を見据えて前に進んで行く過程で大切なのは、大きく遠くに構えた目標を持ちながらも、目の前の一歩一歩を確実に踏みしめる視野ではないでしょうか。物事を理解しようとする場合、「鳥の視点」と「蟻の視点」を同時に意識するように、ということを言われますが、それはマクロとミクロから同時に物事を考える視点を得るということです。往々にして、大きな視点からでは身近な問題を見落としがちで、反対に身近なところにばかり目を向けていたら大局を読めません。笠原正嗣の連載では、絵画を通じて「普段は見えない視点に視点を置く」という能力を人間が培ってきた様子を描きます。ヤハギクニヒコの社会学曼荼羅では、人間の持つ概念というものは後天的に定義されている可能性について触れています。視点を変えて物事を見るということは、既成概念を突き破り、新たな境地に一歩踏み出すということではないでしょうか。未知の領域から物事を考えようとする、それは人間の共感力の源かもしれません。E-PRESSの記事が、未知の領域に踏み出す一助となれたら幸いです。

(佐藤慧)

INDEX
vol.0021号(2011年01月25日号)


00【巻頭】『未知の領域に踏み込む視点』
01【連載】笠原正嗣『北斎流:江戸のイメージアップ奮闘記 vol.5』
02【連載】ヤハギクニヒコ『社会学曼陀羅05:体が先か心が先か』
03【回廊】安藤理智『11年目のトランジット』
04【告知】2月16日『schoolAFTERMODE』序章「アフリカを知る」講座
05【後記】『挑戦的視座を持ち続けること』

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01【連載】笠原正嗣
『北斎流:江戸のイメージアップ奮闘記 vol.5』

 前回は、3D、リアリズム、構図、フレーミング(framing)などキーワードを並べました。円山応挙の時にも書いたのですが、この時代はやはり「リアルに描く」ということにこだわりが出てきた時代だと思います。それまでの日本の画とは何かというと、中国山水のようなものを除けば、おそらくみなさまがイメージされるのは戦国絵巻や武将が闘っている「○○の戦い」のような屏風絵のようなものではないかと思います。


洛中洛外図左.jpg洛中洛外図左



 そもそも戦争の画というものはなぜ描かれたのでしょう。ある絵画を見てそういう疑問を持つことはとても大事なことなのですが、こういう絵に意味を見出すようになったのは実は1900sに入ってからだったりします。驚きでしょう? 今でしたら当たり前なんですけどね。話が難しくなるので戻しますが、この戦争について描かれた画に対して、上記のような質問を受ければ、「戦争の記録を残そうとした」「画家が時の将軍の武勲を讃えてプレゼントしたものが残った」などのような答えが返ってくることでしょう。たぶんそれで当たりだと思います。

 意味はそれで良いでしょう。では、描き方についてですが、この手の画に対して不思議に思われたことはありませんか? ヘリも飛行機もない時代に、かなり高い所から見下ろした構図を取るのはなぜでしょうか? 絵描きは戦時のど真ん中でわざわざ山に登って「うわ~、闘ってるよぉ」とか思いながら、文字通り高見の見物を決め込んでいたのなら、たぶん怒られます。当然、戦が終わった後に描かれたものでしょうが、大事なことは高いところから見ているということですね。上空からの視点で描くことで全体像が把握できるわけです。


800px-洛中洛外図右.jpg洛中洛外図右



 もともと日本には中国からこういった高いところから描く視点というものを輸入しています。水墨画の世界ではそういう視点を「深遠」(見えない景色を描くこと)と言います。宋の時代の画家で郭煕(1020頃~1085年前後)が有名ですが、雪舟(1420[応永27]-1506[永正3])はこの視点から天橋立を描きます。以上からもわかる通り、日本にそういう普段見えないような高い点から描く技術があったことがわかります。それを使って描くことで戦況の全体像が把握できる。これが大切です。

 現在、サッカーのアジア・カップで日本が逆転勝利を収めたことで盛り上がっています。このサッカーを「Winning 11」のようなTVゲームにしたとき、大体画面の右上か左上ににコートと人の簡略図が出ます。あれも全体像の把握という点で考えれば、こういった技術の末裔といえそうです。全体像を頭の片隅に置きながらディフェンスの穴を見抜いて、そこでパスを出す。または、どこに行けば相手のボールをカットできるのか。これが抜群に上手かったのが中田ヒデ選手だということを聞いたことがあります。全体と部分の関係ですね。

 さて、思ったよりも前置きが長くなってしまいましたので、本題は次回に持ち越しましょう。では、またお会いしましょう。

(絵=狩野永徳、文=笠原正嗣)

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02【連載】ヤハギクニヒコ
『社会学曼陀羅05:体が先か心が先か』


 小学生というのは3~4年生位までは性差に無頓着に見えます。ボーイッシュな女子をずっと男子だと思って遊んでいたりなんてことは良くあります。しかし、無頓着ではあるのですが、やはり指向性は別れているように感じます。5~6年生になるともう完全に男女になりますね。それぞれが意識をしているし、そのことを認識もしています。最近の小学生は早熟だと言われますが、持っている情報の多さや行為の種類は置いておいて、性差に関する感覚は僕らの頃と変わらないような気がします。「男女七歳にして席を同じうせず」とは良く言ったものです。これは儒学書『礼記』にある「七年にして男女席を同じうせず、食を共にせず」からきた慣用表現です。この場合の「席」というのは敷物という意味が強いので、寝食を共にさせないというように意味なのですが、まあ生活スタイルをセパレートすべきだと言うことですね。

 同性愛者であることを自ら公言するアメリカの思想家ジュディス・バトラーは、性が男女の二項対立で構成されているのは抑圧であり、異性愛は人為的につくりだされたものだと主張しました。バトラーによればジェンダーというのはパフォーマティヴィティに依存するというんですね。つまり、その社会の中で繰り返しパフォームされる(演じられる)ことによって、存在に至り、社会を構成していくというわけです。西洋的に考えると、行動の裏には思想があります。思想が先で身体が後であるという考え方ですね。外見の裏には背骨となる本質や形式があることが想定されるんですね。しかし、バトラーはパフォームされる言動というのは、その奥にある本質的なことの表出ではないというわけです。

 東洋的な考えは、「脳」の方がどう考えても「体」よりも後に発達した、ということに基づきます。春秋時代の宰相管子の「衣食足りて礼節を知る」というのは、まさにそう言う実感からきている言葉だと思います。思想で男女が分けられるようになったのも、元はといえば身体的な差異から分けられるようになったわけですね。アジアの幾つかの地域で真珠が女性を象徴し、同時に月を象徴したのもそう言う理由からでした。単に真珠と月が似ているという話ではないんです。先に身体的な差異があった。ルーマニア出身の宗教学者ミルチャ・エリアーデによれば、女性が、恋愛や出産の幸運を願って真珠を身につける風習について、真珠が水から生まれ、貝殻から生まれ、そして月のように光を反射して輝き、それらからの連想が、真珠の宇宙論を構成していると分析しています。インドでは真珠は万能薬になり、出血、黄疸、中毒、眼病、結核、精神病に効くと言われています。その根拠もまた、真珠が帯びた月の魔力(イメージ)によるものでしょう。オリエントでは催淫剤や受胎促進剤とされたのは、月性、つまり女性との関係から帯びた魔力と言うことになりますね。また死者と一緒に埋葬することで死者を再生すると思われたのも、月の満ち欠けから生じる魔力ですね。

 身体的差異に関しては、もう異論を唱えるのは難しいのですが、心の有り様についてはまだまだ議論の余地がありそうです。本質主義においては、男らしさや女らしさは元々備わっているものだ、と考えるのですが、そこに構造主義からツッコミが入りました。そもそも、「本質」だとか「らしさ」だとか「差異」だとかと呼ばれているモノが存在する確証が無いと言うんですね。全て言葉による後付けの理論であるというわけです。では、それらの概念がどうやって構築されてきたのかを考えると、それはパフォームが作り出した社会構造がそうさせているのではないか、というバトラーのジェンダー論のようなアイデアが出てきたわけです。しかし、見て分かる差異を無視することはできません。アメリカでは1970年代に「男女平等憲法修正条項」というものが作成されましたが、結局批准に至りませんでした。その理由はなんと、トイレを同じにすることは出来ないから、というモノでした。これはレイシズムとも関わる複雑な問題が背後にあったのですが、どちらにしても思想が先にありきという思想自体に矛盾を感じる部分ではあります。

 「遺伝子的にピンクの服を着ると女性にモテる」なんて話が広まってにわかにピンク男子が増えたり、「草食系」や「お弁当男子」という言葉が先行して実際そういう男子が増えている現象を目の当たりにすると、パフォーマティヴィティの視点も侮れないものですが、だからといって見えない本質を消し去ることは、それもまた二項対立的な視点になってしまいます。色々な視点の組み合わせで世界を編集的に解釈しようという視点が大事なのではないでしょうか。

(ヤハギクニヒコ)

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03【回廊】安藤理智
『11年目のトランジット』


Bangkok_01.jpg


タイの首都バンコク。
正式名称は「クルンテープ・マハーナコーン・アモーン・ラタナコーシン・マヒンタラーユタヤー・マハーディロックポップ・ノッパラッタナ・ラーチャターニー・ブリーロム・ウドム・ラーチャニウェート・マハーサターン・アモーンビーマン・アワターンサティト・サッカタットティヤ・ウィサヌカム・プラシット」という、世界一長い都市名らしい。

途中、日本に帰国していた期間もあるが、この地に住み始めて10年の年月が経った。
なぜバンコクなのか。良く聞かれる質問なのだが、本当のところはよく分からない。
でも答えないと失礼だから「トランジットの途中」と言う事にしている。そもそも1999年の10月に「ネパールへ行こう!」と思い立ち、バンコクへやってきたのが発端だからあながち嘘でもないのだ。

旅行の途中で特定の場所に長く滞在する事を、バックパッカーの間では「沈没」と呼ぶ。
その意味で僕は「バンコク長期沈没」組なのかもしれない。

この地で生活していれば良い事も悪い事もたくさん経験できる。

そんなバンコク生活のショートエッセイを次号から連載していきます。

(写真+文=安藤理智)

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05【編集後記】『挑戦的視座を持ち続けること』

 アリストテレスは、抽象化と具体化という二つの方向性で自由に視点を動かすことで多くの学を成しました。抽象化と具体化を自由に扱い具体例と同時に全体を認識することは、幾何学的に物事を変換出来るということで、それは彼が学んだ師プラトンのアカデメイアでは特に重要視された知の技法でした。構図やフレーミングが生む構造主義的な力の作用は伝統として現代の至るところに息づいているように思います。それは時に魔術的に僕らのイメージを動かしますが、そこには誰かの視点へのアフォーダンスが働いているのでしょう。僕と安田が最初に組んだユニット「Try/Angle」には、「挑戦的視座」という思想がありました。自分の視点を、恐れずに堂々と提示していこうという試みです。その思想はスタディオアフタモードに引き継がれ、新たに合流した仲間と共に挑戦は続いています。視座を立て、自問する。その視座をみなさんと共有することで、ブラッシュアップしていければと思います。では、また来週お目にかかります。

(ヤハギクニヒコ)

04【告知】2月16日『schoolAFTERMODE』~序章~佐藤慧「アフリカを知る」講座

◆講座内容

アフリカというとみなさんはどのようなイメージをお持ちでしょうか?
紛争、飢餓、貧困、マサイ族や動物の王国という声も聞こえてきそうですね。そんなアフリカですが、実は日本の生活とも切っても切れない深い関係にあるのです。先進国と呼ばれる日本は、多くの国からの輸入に頼って生活を維持していますが、アフリカからもたらされる資源もまた、大きな比重を占めています。果たしてアフリカとはどんな大陸なのでしょう?そこに在る人々の、私たちとは変わらない普通の幸福な暮らしや、根本的に抱える問題など、普段は耳にしないアフリカを感じていただければと思います。

◆講師 フィールドエディター 佐藤慧
 ゲスト アルスコンビネーター ヤハギクニヒコ

・日時 :2011年2月16日(水) 
<開演>19:00(18:30開場)
<終了>20:30(予定)
・会場 :(株)毎日エデュケーション「グローバルひろば」  
・参加費:1000円 オリジナルテキスト、ポストカード付き

詳細、お申込みはこちら↓
http://amba.to/hZ6qg6

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【再掲告知】佐藤慧
1月26~30日 佐藤慧 写真展「Under the Same Sky」』@ 福岡天神プラザ

◆佐藤慧 写真展『Under the Same Sky』@福岡天神プラザ

●日時:2011年1月26~30日 11:00~19:00
●場所:立命館プラザ福岡

立命館プラザ福岡
http://ritsnet.ritsumei.jp/plaza/fukuoka/index.html

◆ギャラリートーク@立命館プラザ福岡
●日時:2011年1月29日(土) 15:00~18:00
●場所:立命館プラザ福岡

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【再掲告知】安田菜津紀
岩波書店『世界』2月号記事掲載


 1月8日発売の岩波書店『世界』2011年2月号に安田菜津紀のフィリピン取材記事が
掲載されています。戦争について考える機会になれば幸いと思っています。是非ご覧下さいませ。

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【再掲告知】1月22日佐藤慧×松永真樹『行動するという生き方』vo.2


今回は聞くだけではありません。参加者の方々にも最後には一緒に考えてもらいます。
まずは考えるきっかけを作るために、マサキとKが話します。
3/15~3/26までザンビアに渡航する「チームザンビア」。
実際に現地で地元民と一緒に何が出来るのか、お祭り?、授業?、
行く人もいけない人も、共に想いのままに考えていきましょう!


◆タイムスケジュール

18:00:開場
18:30:スタート
18:30:佐藤慧講演 「国際協力という言葉の意味-見えないデメリットを考える」
19:10:松永真樹講演「行動する生き方の中から生まれた障害、失敗、挫折」
19:50:チームザンビアを交えたトーク
20:30:質疑応答
20:50:終了

◆会場
東京都渋谷区代々木4-28-8 608号  イマジニ屋学校拠点
http://p.tl/TZxK


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【再掲告知】
◇◆2011 studioAFTERMODE
卓上カレンダー発売中!!◆◇


今を大事に生きることと、
過去や未来を無視することは違います。
それは、長い歴史においても、ほんの最近のことでも変わりはありません。
関わりの中で、うねりながら流れていく僕らの、1つの物差しになればと願い、今年もカレンダーを作りました。

ご購入希望の方は、
タイトル「アフタモード商品購入希望」とした上、

・お名前
・ご住所
・電話番号
・部数
・返信用メールアドレス

を明記の上
store@aftermode.com
までメールをお願いします。
折り返し代金の合計と、お振り込み先をご連絡いたします。

安田菜津紀作品集「アンダンテ」も販売しておりますので、そちらもよろしくお願いします。
詳しくはアフタモードホームページ
http://www.aftermode.com/

上部メニューバーの【STORE】をクリックしてください。

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【再掲告知】安田菜津紀
1月20日(木)~2月2日(水) オリンパス写真展「She Has A "PEN"」(in大阪)

☆安田菜津紀がオリンパスギャラリー主催のグループ展「日本カメラ社主催、7人の写真展」に参加させていただきます。お時間があいましたら是非、足をお運び下さいませ。

◆2011年1月20日(木)~2月2日(水) オリンパスギャラリー大坂(AM10時~PM6時/最終日午後3時/日曜・祝日休館))

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【再掲告知】
メールマガジン同時創刊!

『AFTERMOD E-PRESS』はWEBでの閲覧を想定して編集をしておりますが、写真や画像を除いたテクスト版をメールマガジンにて配信いたします。「メールマガジン」ページに登録フォームを作りましたので、ご希望の方はご登録をお願いします。ある程度の人数までは手作業で登録をし、実験をしつつの配信になると思いますが、よろしければご登録をお願いします。(イベントなどの優先予約等の特典も付けさせて頂きたいと考えております)

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アフタモードスピリット【アフタモード魂十則】株式会社スタディオアフタモードの社訓。外向けには全貌が伏せられているが、プロとして、社会人として、そして人間として何が重要かという思考・行動規範をヤハギがまとめたもの。できた当初は「電通鬼十則」にあやかり「アフタモード鬼十則」だったが、安藤の意見により「魂十則」に変更してメンバーにリリースされた。

せつじつ【切実】「切実を切り出さずして、何が思想であろうか。切実に向わずして、何が生活であろうか。切実に突入することがなくて、何が恋情であろうか。切実を引き受けずして、いったい何が編集であろうか」とは松岡正剛師の言葉。僕らは切実だからこそ本気になれる。そのことに気づいているかどうかが重要だ。

イープレス【E-PRESS】インターネット上で配信される電子雑誌。そもそもプレスというのは、定着を表すのだが、電子雑誌の場合改編が簡単なため、あまりプレス感が無く、コピペなどの無断引用に弱い。PDF化により多少プレス感を出すことが出来るが、リンクを張れないのでデメリットも多い。

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第64号(9月1日)【政経評】『数と人』矢萩邦彦『社会学曼陀羅11:詩と批評について』佐藤慧『経済と友愛 ~ある猟師の物語~』笠原正嗣『民主主義と効率』松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ14』『抗う理性』

第63号(8月1日)【アート】『通り過ぎること』水野清仁『E-PRESS_63号 - studio.AFTERMODE -』佐藤慧『青く透き通るような風』笠原正嗣『日本の発想』 松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ13』『風』

第62号(7月1日)【労働】『継続する結果』安田菜津紀『陸前高田市、小友町の天洋丸にて。』佐藤慧『君の瞳』 笠原正嗣『インフレ・円安を考えてみる』 松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ12』『情報と存在学』

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第60号 (5月1日)【教育】矢萩邦彦『中学受験と社会問題』笠原正嗣『共感と思考』佐藤慧『未来の主役たちへ』安藤理智『教育現場の素地』松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ10』

パラリンピック特集7号 『見えないコミュニケーション』矢萩邦彦『音の世界の中で研ぎ澄まされる~ゴールボール日本チームのパラリンピック(3)』

パラリンピック特集6号 『セミファイナル後半に挑む。』 矢萩邦彦『音の世界の中で研ぎ澄まされる~ゴールボール日本チームのパラリンピック(2)』 安田菜津紀 第8回「名取洋之助写真賞」受賞」

パラリンピック特集5号 『鈴の先の「金」を目指して』 矢萩邦彦『音の世界の中で研ぎ澄まされる~ゴールボール日本チームのパラリンピック』

パラリンピック特集4号 『おめでとう!秋山里奈選手金メダル獲得!!』 矢萩邦彦『Go!Go!里奈!!~全盲の水泳選手秋山里奈と応援団のパラリンピック(3)』

パラリンピック特集3号  『ロンドンパラリンピック 秋山里奈応援団!! ~背泳ぎ決勝直前、会場前にて』 【速報】矢萩邦彦『Go!Go!里奈!!‐今夜背泳ぎ決勝進出』

パラリンピック特集2号 『ロンドンパラリンピック 秋山里奈応援団 ~背中に響く里奈の声』 矢萩邦彦『Go!Go!里奈!!~全盲の水泳選手秋山里奈と応援団のパラリンピック』

パラリンピック特集1号『始まりの帰路』

第59号 (7月3日)『基準で見るということ』 松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ9』安藤理智『ブレードランナー 夢の舞台を駆け抜ける』

第58号 (7月17日)『忘れないと思ひ出す』松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ8』佐藤慧『今を生きる』

第57号 (7月3日)『所属と経験と区別する必然性と』 松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ7』 笠原正嗣「マンダラ発光展@gggを見て」(後篇)

第56号 (6月18日)『良き杖を手に力強く足を前に』 松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ6』笠原正嗣「マンダラ発光展@gggを見て」(前篇)

第55号 (6月4日)『専門の弱さ』 松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ5』 水野清仁『女性』

第54号 (5月13日)『ズレと忘却を越えて』 松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ4』 安田菜津紀『あなたのいない、これからの時間を。』

第53号 (4月30日)『誰が為の未来』 松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ3』 安藤理智『ため息のでる美しさ アヤソフィア』

第52号 (4月16日)『情報はサイである』 松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ2』 佐藤慧 『アフリカ再訪 2012春 (4)Way Station「道の駅」-それぞれの未来へ』

第51号(4月2日) 『何度でも考えること』 鼎談:松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ』 佐藤慧『アフリカ再訪 2012春 (3)ジュバ-産声をあげた国』

第50号(3月19日)『それぞれの日常、それぞれの未来』 安田菜津紀『HIVと共に生まれる~ウガンダ取材~』 佐藤慧『アフリカ再訪 2012春(2)チンサリ-森の未来、人類の未来』

第49号(3月5日) 「伝える」から「伝わる」へ 佐藤慧『サラーム・キルギスツアー2011-天山の真珠に触れて-⑤ 再会を約束して』 笠原正嗣『古典音讀』

第48号(2月21日) 『haveとbehave』 佐藤慧「アフリカ再訪 2012春 (1)ルサカー季節は巡り」 ヤハギクニヒコ『社会学曼陀羅10:メディア論的身体論』

第47号(2月7日)『人を活かすために』 佐藤慧『サラーム・キルギスツアー2011-天山の真珠に触れて-④シベリア抑留者の遺産』 笠原正嗣 『新陰流とアナトミー(解剖学)』

第46号(10月18日)『忘れ物』 安田菜津紀『HIVと共に生きる 新しい命、残された命』 安藤理智『朝の浜辺』

第45号(10月11日)『型から想起する』佐藤慧『サラーム・キルギスツアー2011-天山の真珠に触れて-③イシク・クルの朝日』笠原正嗣『新陰流とアフォーダンス』

第44号(10月4日)『自分に出来ること』矢萩邦彦上海講演『災害時における「任意NPO」という方法の可能性と課題について』(後編)安藤理智『島の夕暮れ』

第43号(9月27日)『何を受け取り、何を伝えているのか』佐藤慧『サラーム・キルギスツアー2011-天山の真珠に触れて-②キルギスの家族』笠原正嗣『日本の症状4-「ニュースは見るだけ無駄。」と思わせる仕掛け。』

第42号(9月20日)『「問題」を見つめる』』矢萩邦彦上海講演  『災害時における「任意NPO」という方法の可能性と課題について』(前編)安田菜津紀 『路地裏に生きる子どもたち』

第41号(9月13日)『知り、行動し、悩み続けること』佐藤慧『サラーム・キルギスツアー2011-天山の真珠に触れて-①天山山脈の麓へ』笠原正嗣『日本の症状3―見ているのか、見させられているのか』

第40号(9月6日)『生死を分けるTPO』ライフリンク代表、清水康之氏インタビュー『寄り添うために -報道を通して何ができるのか-』(後編)佐藤慧 『復興の狼煙(のろし)』

第39号(8月29日)『誰のためのメッセージなのか?』ライフリンク代表、清水康之氏インタビュー『寄り添うために -報道を通して何ができるのか-』安田菜津紀『1本松に寄せる想い』

第38号(8月22日)『記憶を記録すること』安田菜津紀『新しい瞬間を写真に込めて』安藤理智『隣国の少女』

第37号(5月27日)『言語の力と限界と』佐藤慧×矢萩邦彦アフリカ取材実況対談『コンゴ民主共和国の今(後編)』笠原正嗣『日本の症状2~原発反対運動と電力不足』

第36号(5月20日)『情報とイメージと信用と』笠原正嗣『日本の症状1』佐藤慧×矢萩邦彦アフリカ取材実況対談『コンゴ民主共和国の今(前編)』

第35号(5月13日)『想いと時間』佐藤慧『悼む時間』笠原正嗣『レンブラント時代からのオランダと日本』

第34号(5月6日)『「私援」するということ』安藤理智『11年目のトランジット 第3話 ~ほほえみの国の落とし穴①~』ヤハギクニヒコ『社会学曼陀羅9:社会学曼陀羅09:ボランティアとアナキズム』

第33号(4月29日)『もう二か月か、まだ二か月か』日玉浩史×矢萩邦彦『日本の未来のために』佐藤慧Twitterなど情報まとめ4月後編

第32号(4月22日)『狭間を感じて』笠原正嗣『ピンセットのような建機の世界で』 佐藤慧Twitter情報まとめ4月前編

第31号(4月15日)『現想と錯綜』ヤハギクニヒコ「陸前高田取材報告」佐藤慧Twitterなど情報まとめ

第30号(4月6日)『幻実とタイミング』安田菜津紀『帰ってくるとそこは、もう出発前と同じ日本ではなかった』ヤハギクニヒコ『社会学曼陀羅08:震災に思う平和学の未来』

第29号(3月25日)『知ることで未来を照らす』佐藤慧『心震えるとき』『県立高田病院からの光景』笠原正嗣「原発状況:続報」

第28号(3月18日)『東北・関東大震災と原発事故』ヤハギクニヒコ『災害志援NPOみんつな 設立』笠原正嗣『福島原発 爆発に備えて』

第27号(3月8日)『旅をすること、変わること』佐藤慧『アフリカレポート 2011年2月編』笠原正嗣『北斎流:江戸のイメージアップ奮闘記 vol.7』

第26号(3月1日)『視点の始点』安田菜津紀『明日を忘れないために~フィリピンの歌声』ヤハギクニヒコ『社会学曼陀羅07:歴史の真顔と横顔』安藤理智『Ready to Fight』

第25号(2月22日)『読み書き飛び交うネットワーク』安藤理智『11年目のトランジット 第2話 ~見えないカースト社会②~』笠原正嗣『北斎流:江戸のイメージアップ奮闘記 vol.6』安田菜津紀『あなたに見せるために』

第24号(2月16日)『spec+α』佐藤慧『人間遍路 vol.03 「差異を超えて」』ヤハギクニヒコ×佐藤慧 『schoolAFTERMODE開校前夜――理想の学校、理想の教育(後編)』

第23号(2月9日)『痛みを忘れずに』安田菜津紀『それでも希望へ進んでいく~カンボジア緑の村から③』ヤハギクニヒコ×佐藤慧 『schoolAFTERMODE開校前夜――理想の学校、理想の教育(前編)』

第22号(2月2日)『差異・彩・祭・才』安藤理智『11年目のトランジット 第1話~見えないカースト社会①~』ヤハギクニヒコ『社会学曼陀羅06:ツッコミと社会学』【回廊】笠原正嗣『影向

第21号(1月25日)『未知の領域に踏み込む視点』笠原正嗣『北斎流:江戸のイメージアップ奮闘記 vol.5』ヤハギクニヒコ『社会学曼陀羅05:体が先か心が先か』

第20号(1月18日)『Topical Aura』佐藤慧『人間遍路vol.02 未来の種を蒔く』ヤハギクニヒコ『社会学曼陀羅04:クールな合理化の非合理性』安藤理智『人間は成長する生き物』安田菜津紀『HIVと共に生まれる』vol.1

第19号(1月11日)『自然を感じること、世界を感じること』安田菜津紀 『ウガンダからの風』笠原正嗣 『北斎流:江戸のイメージアップ奮闘記 vol.4』佐藤慧 『愛すること、愛されること』

第18号(1月4日)メンバーから新年のご挨拶+ギャラリー的新コーナー回廊スタート。

第17号(12月27日)『Station』佐藤慧『人間遍路vol.1』ヤハギクニヒコ『社会学曼荼羅03』

第16号(12月20日)『心が繋ぐ、あなたとの距離』安田菜津紀×ヤハギクニヒコ『HIVと希望と』安藤理智『タイスタイル』

第15号(12月13日)『境界の幅と合わせと重ね』佐藤慧『カルチャーショックvol.5』笠原正嗣『子規とゴッホ』

第14号(12月6日)『グローバルグリッドどフラット化の夢』笠原正嗣『北斎流:江戸のイメージアップ奮闘記 vol.3』佐藤慧『その祈りは誰の耳に』 の風』

第13号(11月29日)『縁感』佐藤慧『カルチャーショック』vol.4.風の吹くまま:Zambia、ヤハギクニヒコ『社会学曼陀羅02:インターネットと無縁の風』

第12号(11月22日)『動き出す労働の境界線』安田菜津紀『ある母子家庭に見る日本の貧困問題』、ヤハギクニヒコ新連載『社会学曼陀羅01:貧困とは何か?~環境と選択肢』

第11号(11月15日)『技術革新と本質へのフォーカス』安藤理智『レンズが捉えるスポーツの本質』、笠原正嗣『絵巻物とiPad/iPhone』

第10号(11月8日)『覚悟することと足りないことと』安田菜津紀『元日本兵・松浦俊郎さんを訪ねて』、ヤハギクニヒコ×小川光一『それでも運命にイエスという』対談(後編)

創刊9号(11月1日)『投影する世界と偶然と必然』佐藤慧『カルチャーショック』vol.3.、ヤハギクニヒコ×小川光一『それでも運命にイエスという』対談

創刊8号(10月25日)『過去という礎上に』ヤハギクニヒコ『過去と向き合う――カンボジア、虐殺から30年目の覚悟』笠原正嗣『北斎流 vol.2』

創刊7号(10月18日)『境動する社会へ』佐藤慧『カルチャーショック vol.2』ヤハギ×安藤対談『海外で生活すること(後編)』

創刊6号(10月11日)『融解する境界線』安藤理智『海外生活の心得』ヤハギ×安藤対談『海外で生活すること』

創刊5号(10月4日) 安田菜津紀連載『カンボジア緑の村より②』佐藤慧『アフリカレポート selection 9月編』

創刊4号(9月27日) 『江戸の日本とアフリカの今』笠原正嗣『北斎流:江戸のイメージアップ奮闘記(1)』 佐藤慧『南部アフリカレポート selection 8月編』

創刊3号(9月20日) 「世代を越えて経験を伝える」特集

創刊2号(9月13日) 佐藤慧『カルチャーショック』連載開始

創刊1号(9月6日) 安田菜津紀 『カンボジア緑の村より』連載開始

創刊準備0号(8月30日) 世界を笑顔にするために。