vol.0023 of AFTERMOD E-PRESS

AFTERMOD E-PRESS 第23号

00【巻頭】『痛みを忘れずに』


 春のような温かい日が続いたと思ったら、突然雪が降り出しました。最近の天気は気紛れですね。春の訪れと早とちりした梅の花は、舞い降りる雪に打たれながら何を思うのでしょうか。今回のE-PRESSでは安田菜津紀が、カンボジアの片隅でそっと消えていった命の物語を紡ぎます。続くヤハギ×佐藤の対談では、教育というテーマを軸に、人間の持つ可能性について考えていきます。人は愚かなもので、心の奥底まで突き刺さるような痛みですら、簡単に日々の流れの中で風化させてしまいます。痛みというものを人生の糧とするためには、その痛みを常に忘れずに、傍らに置いておかなければなりません。束の間、忘却の彼方にそれを安置したとしても、きちんとその根源を見つめない限り、痛みは何度でも僕らの心を襲うことでしょう。教育とは、単に何かを知るためのものではなく、物事を考え続ける姿勢を学ぶものではないでしょうか。考え、悩み続け、自己を見つめることで、人はその痛みの根源に手を伸ばすことが出来るようになると、僕は思います。社会に対して皆さんなりの「問い」を立てながら、記事に目を通して戴ければ幸いです。

(佐藤慧)

INDEX
vol.0023号(2011年02月09日号)


00【巻頭】『痛みを忘れずに』
01【連載】安田菜津紀『それでも希望へ進んでいく~カンボジア緑の村から③』
02【対談】ヤハギクニヒコ×佐藤慧
『schoolAFTERMODE開校前夜――理想の学校、理想の教育(前編)』
03【回廊】ヤハギクニヒコ 『傘をさす』
04【告知】安田菜津紀 フィリピンスタディーツアー申込み受付開始!
05【告知】安田菜津紀×渋谷淳志×今井紀明『ナイトカフェvol.1』
06【後記】『経験を交換すること、伝えること』

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01【連載】安田菜津紀
『それでも希望へ進んでいく~カンボジア緑の村から③』



 カンボジアの首都郊外にある、「緑の村」と呼ばれるHIV感染者の村。ここに通い始めてから、もうすぐ2年が経とうとしています。この村に通う以前、HIVは病気の問題なのだと思っていました。けれど村に足を踏み入れ、差別の実態を目の当たりにするうちに、これは教育や貧困の問題でもあるのだと気づきました。そして昨年、更に複雑な問題が人の命を奪ってしまうことを知ったのです。

 村人の一人に、チャムロンさん(40)というお父さんがいました。足が悪く、いつも離れた木陰から子どもたちが遊びまわる姿を、ただじっと見ていました。チャムロンさんが肺を患い、病院に運ばれたのは昨年の7月。雨の少ない日が続く、からっと晴れた朝のことでした。奥さんは既にエイズで亡くなっているため、一人息子のペーくん(13)とおばあさんの2人が休むことなく付き添いましたが、その甲斐なくチャムロンさんは病院に運ばれて、4日目に息を引き取りました。焼き場からチャムロンさんの遺骨がかえってくるや、おばあさんがわっと泣き出しました。エイズに蝕まれた遺骨は、ほんの一握りしか残らなかったのです。「息子が小さくなってしまった。なぜこんなことが起きてしまったの」。その横で泣くまいと歯を食いしばるペーくんを前に、言葉を失いました。


DSC_5043R.jpg



 カンボジアでは内戦で崩壊してしまった医療体制、そして和平の中での性産業の広がりを受け、HIVが急速に広がりました。現在、抗エイズ剤などの開発が徐々に進められ、たとえHIVに感染しても、きちんと服用すればエイズの発症をある程度抑えることが可能になっています。HIVに対する認知も徐々に高まり、感染率は1%未満になったといわれています。

 チャムロンさんが通っている病院には外国のNGOの支援が入り、抗エイズ剤を受け取ることができていました。これで一安心。ペー君もおばあちゃんも、そしてチャムロンさん自身もそう思っていたのです。けれども服用しなければならない薬は、時間に非常に厳しい薬です。飲み忘れが重なれば耐性ができてしまい、効果がなくなってしまうのです。教育を受けていないチャムロンさんは時計の文字盤が読めないため、日の出と日の入りに合わせて薬を飲んでいました。時間を厳密に守ることが習慣として根付いていないチャムロンさんにとって、毎日2回の服用は周囲の協力、そして正しい知識や丁寧な指導なしには難しいことでした。カンボジアは内戦などの影響で、医師不足・体制の脆弱さなど、医療の課題は山積みの状態です。首都の病院は毎日患者で溢れ、朝から晩まで待合室で診察を待つ状態。一人にかけられる時間は5分程度。そんな中で一人一人が薬をしっかり服用できているか、丁寧に指導をするの難しい状態でした。チャムロンさんは、いつしか飲み忘れが重なり、知らず知らずのうちに薬に耐性ができてしまっていたのです。


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 チャムロンさんの遺骨が、ほとんど骨組みしかない自宅へと帰っていきました。村の大人たちが集まり、果物やお水をチャムロンさんの遺骨の傍にそっと置いていきます。皆数々の死を目の当たりにしてきたのでしょう。悲しみを押し殺すように、お葬式のこと、遺影のことなど、低い声で静かに話し合いが始まりました。そんな輪を抜け、ペー君が散歩に行こうと誘ってくれました。真っ白な花が田んぼのあぜ道を覆っています。1匹の子犬を連れ、ペー君はだまって花を眺めながら歩きます。私にはそれが、気持ちを落ち着けようと必死になっているように感じられました。やがて田んぼの向こう側から、ケラケラと笑いながら小さな男の子が走ってきました。ペー君と同い年のトーイ君でした。母子感染でHIVに感染しているトーイ。薬の副作用でボロボロの肌の手をペー君に差し出し、勢いよく引っ張って子どもたちの輪の中へと戻っていきました。爽やかな風が吹く、午後のあぜ道。子どもたちの笑い声は、夕方まで村の中に響き渡っていました。

 HIVウイルスは村の人々の体を蝕み、ときに家族を引き裂いていきました。痛みと悲しみを抱えながらも、人々は身を寄せ合いながら生きています。戦争からの復興を徐々に果たし、急速に発展しつつあるカンボジア。その発展の裏に追いやられてしまった命を、私たちは忘れてはならないでしょう。

(写真+文=安田菜津紀)

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02【対談】ヤハギクニヒコ×佐藤慧
『schoolAFTERMODE開校前夜――理想の学校、理想の教育(前編)』


◆学校と独学と

矢萩: 慧君おはようございます。いよいよ初対談ですね。

佐藤: どんな内容になるか楽しみです。きっといつまでも続いてしまうでしょうから、うまくリードしてくださいね

矢萩: ははは、そうですね。リズミカルに行きましょう。早速ですが、今回のテーマは、僕らが始める「schoolAFTERMODE」という試みについてです。

佐藤: はい、遂に今月(2月19日)から第1回が始まります。構想自体は僕らが初めて出逢った時から仄かに見えていましたね。

矢萩: そうですね、出会って最初っから柳田国男の話でしたしね。

佐藤: 学校教育では学べないことを共有出来る人がいたというのは大きな驚きでした。

矢萩: それは僕も同じでした。どうも、学校教育って、目次をなぞっているような印象がありました。だから、共通のキーワードが出てきたときに「!」ということに成りにくいんですよね。

佐藤: 勉強って本当は自主的なもののはずで、ひとつ気になるキーワードを見つけたら、そこからどんどん自分で引っ張っていく、若しくは向かっていくものだと思うんですよね。そういう意味では既存の学校の教育システムには不満を持っていました。

矢萩: そう、勉強は本来、独学の要素がかなりあると思います。既存の学校のシステムでは、自分にとってキーワードと成るような言葉を見つけにくいんですよね。引っ掛かってこないというか。引っ掛かってこないとなかなか独学に繋がらない。

佐藤: 僕はきちんと学校に通っていたのは小学校6年生までなのですが、ヤハギさんは学校で退屈されませんでしたか?

矢萩: 僕も6年くらいまでですね。小学校よりも塾の方がちゃんと行っていました。まず、学校の友達となかなか話が合いませんでした。これは両親の影響もあると思うのですが、僕はテレビのバラエティー番組とか、ドラマだとかをほとんど見なかったんですね。だから、そもそも話が合わない。興味の対象も全然違いましたね。唯一テレビゲームが共通項だったくらいで。初代ファミコン世代です。

佐藤: あー、僕も家ではバラエティ番組はほとんど見させてもらえなかったので、芸能人の話とか、全然わからなかったですね。それは今でも変わらないのですが……。

矢萩: 中学受験後に反動で、にわかテレビっ子になったのですが、本質的に余り好みではないことにすぐ気づきました。同じバラエティーでも、専らラジオの深夜放送とか、あるいは雑誌の方に行きましたね。お陰でますます学校から遠のきました。高校での欠席数は記録になったらしいです(笑)。

佐藤: サブカルには学校では得られない実生活に近い学びがありますからね。僕が中学から学校に行かなくなった理由は、単純に授業が非常につまらなくなったんです。「何のためにこれを学ぶのだろう」「こんなことしていて役に立つのだろうか」と。もっと実際に役に立つ知識があるはずだ、と思ってましたね。とか言いつつ、ドラクエやFFに没頭するのですが(笑)。

矢萩: やはり、結構近いですね。(笑) マクルーハンはラジオをホットなメディアで、テレビをクールなメディアと分類しましたが、まさにそういう風に感じていましたね。サブカルって自分との距離感が大事だと思います。ラジオは感覚的に凄く近かったですね。生放送も多かったですし。それに新しいヴァーチャルなデジタルメディアとしてのテレビゲームはとても楽しかったですね。この部分のプログラムはどうなっているのだろう、という技術的な興味もあったし、ここのストーリーはこうした方が良い、とか、このアイテムや展開の元ネタはこれだな、とかそういうことを考えながらプレイしていましたね。

佐藤: あー、非常に近いです。僕はもともと童話も好きだったので、RPGなんかの世界観のもとになっている神話などから相当多くのことを学びましたし、幼い頃からPCが側にあったという環境もあって、裏側では何が動いているのか、常に気になっていましたね。そういうところから、中学時代は学校に行かずにプログラム組んだり本に没頭したり、自由気侭に好奇心に流されていました。

矢萩: ジョセフ・キャンベル的ですね。僕も随分早くからPCを触っていましたが、windows以前のPCから学べることは多かったですよね。プログラムというモノに直に触れられたのは、論理を磨く訓練になりましたね。機械は命令通りにしか動いてくれませんから。


◆批評家としての教師

矢萩: 学校がつまらなかったというのは全く同感で、例えば教科書的には、柳田国男という人物にも一応さらりと触れるわけじゃないですか。しかしその先の折口信夫に到達しない。実際『遠野物語』を読んでみて、「草の長さ三寸あれば狼は身を隠すといへり。草木の色の移りゆくにつれて、狼の毛の色も季節ごとに変はりてゆくものなり」なんていうもの凄く短い一節から、色々な存在の息吹を感じるわけです。そういう魅力が、独学への興味に火をつけるわけでしょう。しかし、教えている教師が『遠野物語』を読んだことないものだから、そんなちょっとした引用が出来ない。当然そのことが伝わらないから、生徒もなかなか引っ掛かっていかない。そういう意味で、文学史なんて言うのは本当につまらなかったですね。

佐藤: そうですね、せっかく色々な扉がそれなりに用意してあっても、その扉を叩いてみたところで返事が返ってこない。ちょっとだけでも中の世界を覗けて、そこに面白そうな景色を見つけることが出来たら、あとは自分の足で歩いていけるんですけどね。その扉が何のためにあるか、その先の世界がどんなに楽しいかということをきちんと説明してくれない。勉強とは知識を詰めることではなくて、その世界に興味を持つことだと思うんですよね。

矢萩: 僕は、それを授業の中でやることが出来ると思っているんですよ。もちろん全部のキーワードに詳らかに触れるわけにはいかないですし、そこは教師の好みなどで個性が出て良いと思うのですけど。自分が好む幾つかのキーワードから、引用をするだけでも違うと思うんですよね。確実に扉の向こうを少し見せることが出来る。蓮實重彦の批評なんかを読むと、本当にその映画を見たくなります。そういう批評家的な役割が教師には必要なんじゃないかな、と感じています。それに、その扉の向こうに、どんな世界をチラ見させるか、というのが教師の醍醐味でもあると思うんです。世代を越えて、同好の士を増やせるかも知れないですしね。

佐藤: 批評家、書評家のような先生がいると面白いですね。思わず触れたくなるような、その世界の魅力を伝えてくれるような。いわゆる一般教養と呼ばれるもの、数学や科学や歴史など、それらの面白さを教えてくれたのは古今東西の本でしたね。優れた本は、扉の奥の世界を存分に見せてくれます。

矢萩: 功山寺挙兵で伊藤博文が一緒に死にましょう、とたった一人高杉晋作についていった話や、西南戦争で西郷さんが家族に大久保の味方をしてやってくれと告げた話など、ものの数分で語れる物語の中に、世界が広がる可能性が秘められていると思います。伊藤の話なんて小学生でも歓声が上がります。歓声と言えば、僕はよく哲学の話をするのですが、バートランド・ラッセルの「世界5分前仮説」なんて、5年生でも毎回もの凄く盛り上がります。哲学なんて、大人が思っているほど、複雑なことじゃないんですよね。タイムリーですが、今日、僕のやっている鏡明塾の一般コースに、史上最年少で小学生が参加してくれました。アリストテレスやトマス・アクィナス、そしてホッブズとロックの話に、ちゃんとついてきていましたよ。

佐藤: そうですね、そこに自分なりに何かを考える、感じることが出来る余地があれば、その世界がぐっと近くなりますからね。歴史なんて本当に面白い人間ドラマの宝庫なのに、「794(鳴くよ)うぐいす平安京」、となった途端に無機質な記号になってしまいます。哲学というものも、目の前の世界を疑問に思う心から始まったもので、むしろ頭の柔軟な小学生のほうが分かりやすいかもしれないですね。

矢萩: 「794(泣くよ)坊さん平安京」の方がまだ物語がありますよね。そういう編集しかり、インデックスをちゃんと出せる生身の人間がもっといたらいいのになあ、と切実に思いますね。そういう意味では僕も慧君と同じで、自分が学生時代は「本」というメディアに走った人間です。自分にとって転機と成ったような実感のある本って覚えていますか?

佐藤: 僕は小学生の時に、『ムー大陸の謎』『もっとわかる時間のこと―アインシュタイン・ホーキングの時間論からタイムマシンの可能性まで』『ユングの心理学』の3冊を手に入れて以来、大学時代まで繰り返し読んでました。「世界って面白い!」と素直に実感できた本でしたね。ル・グウィンの『ゲド戦記』やミヒャエル・エンデの『モモ』なんかも今でも鮮明に残っている本です。そういう思い入れがあると講談社現代新書のデザイン変更はなんだか悲しく思ってしまいますね。

矢萩: なるほど、やはり興味の対象が似ていますね。僕は小学生の時の愛読雑誌が『ムー』『ニュートン』『遊』でした。『モモ』は好きな女の子にプレゼントするくらい、思い入れがありましたね。誰かに本をプレゼントするというのはなかなか勇気がいります。(笑) 講談社現代新書の杉浦康平さんのエディトリアルデザインは、もの凄くワクワクしましたよね。まるで宝の地図が表紙についているようでした。電子書籍化を目前に、本がどんどんモノでなくなっていくような気がして淋しいですね。

佐藤: 僕がヤハギさんと初めて会った時の印象が、「数年後の自分を見ているようだ」といったものでした(笑)。辿ってきた道筋、興味の対象がかなり近いところにありますね。

矢萩: 導線はすぐに見えましたね。「柳田国男」→「龍樹」というたった二つのキーワードだけで、その後一緒に活動をすることを確信しました。僕は僕で、慧君と同じ歳くらいの時に、同じくらいの行動力があったら、もっと世界に貢献出来たんじゃないか、と思いましたね。一緒に活動することで、巻き返せるかも、とも思いました。

佐藤: 僕は人生で初めてナーガールジュナの話を人にして、それが即座に返ってきたことに感動しましたね。自分と世界との繋がりがきちんと見えたというか。


◆「自分で考える」ための教育

佐藤: 話がどんどんディープになってしまいそうなので戻しますが、学校教育では「自分で考える」という時間が疎かにされていたような気がします。僕のクラスが恵まれてたのかもしれませんが、小学校の頃って結構作文の時間が多かったんですよね。それが中学に入って無くなってしまった。これが結構大きな差だったのかもしれません。

矢萩: 考えること、というのは、する人は放っておいてもするのですが、考えない人に考えて貰うためには、それなりにアプローチが必要なんだと思います。「暗記の仕方が分かりません」とか「どうやって考えたらいいか分かりません」という質問や相談を受けることがありますが、相談をしてくる時点で何かを考えてはいるわけで、そういう人に方法を渡すことは比較的簡単にできます。しかし、一斉授業の場で、一人一人にスルーさせずに考えて貰うことって、ある程度教師がファシリテートしないとダメなんですよね。

佐藤: 公教育における教師の質の差はかなり広いと思いますね。自分がその専門分野に通じていることと、上手に教えれることとは単純に繋がりませんからね。これはジャーナリズムにも通じることだと思いますが、相手に考える余白を残した上で、なおかつその導火線にそっと火をつけれるようなファシリテート能力が求められるのでしょう。

矢萩: 授業の準備、というとどうも教材を読み込む、とか分からないことや曖昧なことを調べておく、資料を用意するなどのイメージが強いので、ベテランの先生になると、全く準備をせずに授業をする場合もあるようです。しかし、それらの準備というのは言わば大前提で、むしろ「どんなタイミングで」「何を」「どう問うか」ということを何パターンも準備することが大事だと思っています。恥ずかしい話ですが、僕は鏡明塾の100分の授業を準備するのに10時間かかります。自分自身も楽しんで準備しているので時間がかかるというのもあるのですが、何が準備なのかと言うことをもっと意識する必要があるんじゃないかと感じます。

佐藤: 僕もそれは最近、人前で話す機会が増えたことで実感したことです。自分の知っていることをその場のアドリブで話す能力というのは必要不可欠なのですが、その瞬間から次の瞬間への架け橋となるパターンを事前にどれだけ入念にシミュレーションしておくかで、内容の質が格段に変わります。どんな舞踊の達人でも、自由に踊れるようにするにはまずは舞台を整理することから初めておかないといけないですからね。

――後編に続く――

(ヤハギクニヒコ×佐藤慧)

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03【回廊】ヤハギクニヒコ
『傘をさす』


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誰かの雨を受けて
誰かの陽射しを受けて
陰日向のかわるがわるを
咲き乱れる

傘のように生きたいなんて
そんな古めかしいつぶやきが
脳をかすめたとき
温かい春の木洩れ日を
思い出した気がした

遠い昔
まだ僕らが生まれる前の
誰かの代わりに浴びた
穏やかな希望と

ほんの少しの哲学と

(クロード・モネに)

(写真+詩=ヤハギクニヒコ)

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06【編集後記】『経験を交換すること、伝えること』

 安藤理智が、カザフスタンから帰ってきました。帰ってきたと言ってもバンコクになのですが、やはり仲間の経験というのは間接的に影響を受けるものですね。身近な人間と多様な経験のやりとりをすること。そういうモデルがもっとあると善いのではないかと常々感じます。そのためにはもちろん、自分も誰かの糧と成るような経験を積極的にしていかなければならないですし、それは教育の場においては掛け替えのないオリジナルなコンテンツになります。僕らの理想の学校を目指す「schoolAFTERMODE」いよいよ来週開校です。皆さんのご来校、心よりお待ちしております。色々な経験を交換しつつ、一緒に素敵な教室を作っていきましょう! では、また来週お目にかかります。

(ヤハギクニヒコ)

04【告知】安田菜津紀
フィリピンスタディーツアー申込み受付開始!

いよいよ正式告知です!
既にお問い合わせ頂いている皆様、大変お待たせ致しました!
濃厚な8日間にしていこうと思います!

・訪問国 フィリピン
・予定日 3月10~17日
・対象者 18~29歳
・人 数 20名
・締 切 2011年2月14日 

(詳細)http://ameblo.jp/nyasuda0330/entry-10714070469.html

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【再掲告知】2月16日『schoolAFTERMODE』~序章~佐藤慧「アフリカを知る」講座

◆講座内容

アフリカというとみなさんはどのようなイメージをお持ちでしょうか?
紛争、飢餓、貧困、マサイ族や動物の王国という声も聞こえてきそうですね。そんなアフリカですが、実は日本の生活とも切っても切れない深い関係にあるのです。先進国と呼ばれる日本は、多くの国からの輸入に頼って生活を維持していますが、アフリカからもたらされる資源もまた、大きな比重を占めています。果たしてアフリカとはどんな大陸なのでしょう?そこに在る人々の、私たちとは変わらない普通の幸福な暮らしや、根本的に抱える問題など、普段は耳にしないアフリカを感じていただければと思います。

◆講師 フィールドエディター 佐藤慧
 ゲスト アルスコンビネーター ヤハギクニヒコ

・日時 :2011年2月16日(水) 
<開演>19:00(18:30開場)
<終了>20:30(予定)
・会場 :(株)毎日エデュケーション「グローバルひろば」  
・参加費:1000円 オリジナルテキスト、ポストカード付き

詳細、お申込みはこちら↓
http://amba.to/hZ6qg6

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【再掲告知】ヤハギクニヒコ×佐藤慧
2月19日schoolAFTERMODE開講!『通貨の歴史と未来~有限の世界の中で未来を描くには』

■schoolAFTERMODEとは
株式会社スタディオアフタモードが贈る「思考をデザインする」ために学び、行動する学校です。学生、社会人関係なく、ジャンルを越えて、様々なことを学んでいくことで、総合的な視野を得ることを目的とします。

■【講座第1回】『通貨の歴史と未来~有限の世界の中で未来を描くには』
私たちが生活を送るのに欠かせないお金というもの。身近にあるのに、これほどその実態を知られていないものもありません。通貨というものはどうして生まれたのか、どのような歴史を辿ってきたのか、そして、今後の行方は。現在世の中に蔓延する多くの問題を考えるにあたり、通貨の役割をきちんと考察することで見えてくる物事もあります。紛争、飢餓、貧困、それらの中心には資源の分配という問題が大きな要素を占めています。限りある地球資源の中で、人間はどのように共生の道を探っていけばいいのでしょう。一般的な経済学とは一味違ったお金の話。これからの世界についても、みんなで一緒に考えてみませんか?

◆講師:ヤハギクニヒコ(アルスコンビネーター) × 佐藤慧(フィールドエディター/ ジャーナリスト)
◆.時:2011年2月19日18:00~21:00
◆場所:東京都渋谷区神宮前1-8-8 COXY188 ビル6F 3号室 ※JR原宿駅から竹下通りを抜けてすぐ
◆参加費:2,500 円
◆お申込み方法:school@aftermode.com まで。
※件名を「2月19日:通貨の歴史と未来、参加希望」とし、御名前、メールアドレス、所属をお書きの上お送りください。

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05【告知】2月19日安田菜津紀×渋谷淳志×今井紀明『ナイトカフェvol.1』フォトジャーナリストが語る世界の子どもたち


2人のフォトジャーナリストがインタビュアー今井紀明と共にディープに語る! カンボジア、タイ、ビルマなどアジア各国からアフリカまで! 写真と共に子どもたちの「今」を伝えます。

【会場】スペースふうら
http://plaza.harmonix.ne.jp/~artnavi/02gal.pak/03gal-tikamiti/03rental-gal/fuura.html

〒537-0001 大阪市東成区深江北3-4-11 バーンユースック 1F
地下鉄中央線 「深江橋駅」下車、4番出口から南東へ徒歩約5分

【時間】
18:00 開場
18:30 スタート
20:00 トーク終了・立食形式の交流会
21:00 イベント終了

【会費】
1000円(1ドリンク込)

【お申込み方法】
●お問い合わせ、お申し込みは、angletry@gmail.com まで。
件名を「2月19日:ナイトカフェ、参加希望」とし、下記を記載のうえお送りください。
----------------------------------------
お名前:
Eメールアドレス:
所属:
----------------------------------------

※30名の定員に達し次第、締め切りとさせて頂きます。

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【再掲告知】2月25日 安田菜津紀 X 古居みずえトークイベント


 映画「ぼくたちは見た~ガザ・サムニ家の子どもたち~」 の
第1回公開前連続トークイベント に安田菜津紀が参加させていただきます。
お相手は、映画監督でありジャーナリストでもある古居みずえさん
お時間のある方は是非ご参加ください!
(要予約)

≪日時≫2月25日(金)19:00~
≪場所≫池袋 アラビアンレストラン「月の砂漠」
(詳細)http://twitpic.com/3vi92n

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【再掲告知】
◇◆2011 studioAFTERMODE
卓上カレンダー発売中!!◆◇


今を大事に生きることと、
過去や未来を無視することは違います。
それは、長い歴史においても、ほんの最近のことでも変わりはありません。
関わりの中で、うねりながら流れていく僕らの、1つの物差しになればと願い、今年もカレンダーを作りました。

ご購入希望の方は、
タイトル「アフタモード商品購入希望」とした上、

・お名前
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store@aftermode.com
までメールをお願いします。
折り返し代金の合計と、お振り込み先をご連絡いたします。

安田菜津紀作品集「アンダンテ」も販売しておりますので、そちらもよろしくお願いします。
詳しくはアフタモードホームページ
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第63号(8月1日)【アート】『通り過ぎること』水野清仁『E-PRESS_63号 - studio.AFTERMODE -』佐藤慧『青く透き通るような風』笠原正嗣『日本の発想』 松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ13』『風』

第62号(7月1日)【労働】『継続する結果』安田菜津紀『陸前高田市、小友町の天洋丸にて。』佐藤慧『君の瞳』 笠原正嗣『インフレ・円安を考えてみる』 松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ12』『情報と存在学』

第61号(6月1日)【死生観】 水野清仁『s.AFTERMODE-PRESS 2013.6.1』 矢萩邦彦『時代と死生観』佐藤慧『ゆく河の流れは絶えずして』安藤理智『無題』 笠原正嗣『イマ』

第60号 (5月1日)【教育】矢萩邦彦『中学受験と社会問題』笠原正嗣『共感と思考』佐藤慧『未来の主役たちへ』安藤理智『教育現場の素地』松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ10』

パラリンピック特集7号 『見えないコミュニケーション』矢萩邦彦『音の世界の中で研ぎ澄まされる~ゴールボール日本チームのパラリンピック(3)』

パラリンピック特集6号 『セミファイナル後半に挑む。』 矢萩邦彦『音の世界の中で研ぎ澄まされる~ゴールボール日本チームのパラリンピック(2)』 安田菜津紀 第8回「名取洋之助写真賞」受賞」

パラリンピック特集5号 『鈴の先の「金」を目指して』 矢萩邦彦『音の世界の中で研ぎ澄まされる~ゴールボール日本チームのパラリンピック』

パラリンピック特集4号 『おめでとう!秋山里奈選手金メダル獲得!!』 矢萩邦彦『Go!Go!里奈!!~全盲の水泳選手秋山里奈と応援団のパラリンピック(3)』

パラリンピック特集3号  『ロンドンパラリンピック 秋山里奈応援団!! ~背泳ぎ決勝直前、会場前にて』 【速報】矢萩邦彦『Go!Go!里奈!!‐今夜背泳ぎ決勝進出』

パラリンピック特集2号 『ロンドンパラリンピック 秋山里奈応援団 ~背中に響く里奈の声』 矢萩邦彦『Go!Go!里奈!!~全盲の水泳選手秋山里奈と応援団のパラリンピック』

パラリンピック特集1号『始まりの帰路』

第59号 (7月3日)『基準で見るということ』 松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ9』安藤理智『ブレードランナー 夢の舞台を駆け抜ける』

第58号 (7月17日)『忘れないと思ひ出す』松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ8』佐藤慧『今を生きる』

第57号 (7月3日)『所属と経験と区別する必然性と』 松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ7』 笠原正嗣「マンダラ発光展@gggを見て」(後篇)

第56号 (6月18日)『良き杖を手に力強く足を前に』 松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ6』笠原正嗣「マンダラ発光展@gggを見て」(前篇)

第55号 (6月4日)『専門の弱さ』 松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ5』 水野清仁『女性』

第54号 (5月13日)『ズレと忘却を越えて』 松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ4』 安田菜津紀『あなたのいない、これからの時間を。』

第53号 (4月30日)『誰が為の未来』 松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ3』 安藤理智『ため息のでる美しさ アヤソフィア』

第52号 (4月16日)『情報はサイである』 松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ2』 佐藤慧 『アフリカ再訪 2012春 (4)Way Station「道の駅」-それぞれの未来へ』

第51号(4月2日) 『何度でも考えること』 鼎談:松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ』 佐藤慧『アフリカ再訪 2012春 (3)ジュバ-産声をあげた国』

第50号(3月19日)『それぞれの日常、それぞれの未来』 安田菜津紀『HIVと共に生まれる~ウガンダ取材~』 佐藤慧『アフリカ再訪 2012春(2)チンサリ-森の未来、人類の未来』

第49号(3月5日) 「伝える」から「伝わる」へ 佐藤慧『サラーム・キルギスツアー2011-天山の真珠に触れて-⑤ 再会を約束して』 笠原正嗣『古典音讀』

第48号(2月21日) 『haveとbehave』 佐藤慧「アフリカ再訪 2012春 (1)ルサカー季節は巡り」 ヤハギクニヒコ『社会学曼陀羅10:メディア論的身体論』

第47号(2月7日)『人を活かすために』 佐藤慧『サラーム・キルギスツアー2011-天山の真珠に触れて-④シベリア抑留者の遺産』 笠原正嗣 『新陰流とアナトミー(解剖学)』

第46号(10月18日)『忘れ物』 安田菜津紀『HIVと共に生きる 新しい命、残された命』 安藤理智『朝の浜辺』

第45号(10月11日)『型から想起する』佐藤慧『サラーム・キルギスツアー2011-天山の真珠に触れて-③イシク・クルの朝日』笠原正嗣『新陰流とアフォーダンス』

第44号(10月4日)『自分に出来ること』矢萩邦彦上海講演『災害時における「任意NPO」という方法の可能性と課題について』(後編)安藤理智『島の夕暮れ』

第43号(9月27日)『何を受け取り、何を伝えているのか』佐藤慧『サラーム・キルギスツアー2011-天山の真珠に触れて-②キルギスの家族』笠原正嗣『日本の症状4-「ニュースは見るだけ無駄。」と思わせる仕掛け。』

第42号(9月20日)『「問題」を見つめる』』矢萩邦彦上海講演  『災害時における「任意NPO」という方法の可能性と課題について』(前編)安田菜津紀 『路地裏に生きる子どもたち』

第41号(9月13日)『知り、行動し、悩み続けること』佐藤慧『サラーム・キルギスツアー2011-天山の真珠に触れて-①天山山脈の麓へ』笠原正嗣『日本の症状3―見ているのか、見させられているのか』

第40号(9月6日)『生死を分けるTPO』ライフリンク代表、清水康之氏インタビュー『寄り添うために -報道を通して何ができるのか-』(後編)佐藤慧 『復興の狼煙(のろし)』

第39号(8月29日)『誰のためのメッセージなのか?』ライフリンク代表、清水康之氏インタビュー『寄り添うために -報道を通して何ができるのか-』安田菜津紀『1本松に寄せる想い』

第38号(8月22日)『記憶を記録すること』安田菜津紀『新しい瞬間を写真に込めて』安藤理智『隣国の少女』

第37号(5月27日)『言語の力と限界と』佐藤慧×矢萩邦彦アフリカ取材実況対談『コンゴ民主共和国の今(後編)』笠原正嗣『日本の症状2~原発反対運動と電力不足』

第36号(5月20日)『情報とイメージと信用と』笠原正嗣『日本の症状1』佐藤慧×矢萩邦彦アフリカ取材実況対談『コンゴ民主共和国の今(前編)』

第35号(5月13日)『想いと時間』佐藤慧『悼む時間』笠原正嗣『レンブラント時代からのオランダと日本』

第34号(5月6日)『「私援」するということ』安藤理智『11年目のトランジット 第3話 ~ほほえみの国の落とし穴①~』ヤハギクニヒコ『社会学曼陀羅9:社会学曼陀羅09:ボランティアとアナキズム』

第33号(4月29日)『もう二か月か、まだ二か月か』日玉浩史×矢萩邦彦『日本の未来のために』佐藤慧Twitterなど情報まとめ4月後編

第32号(4月22日)『狭間を感じて』笠原正嗣『ピンセットのような建機の世界で』 佐藤慧Twitter情報まとめ4月前編

第31号(4月15日)『現想と錯綜』ヤハギクニヒコ「陸前高田取材報告」佐藤慧Twitterなど情報まとめ

第30号(4月6日)『幻実とタイミング』安田菜津紀『帰ってくるとそこは、もう出発前と同じ日本ではなかった』ヤハギクニヒコ『社会学曼陀羅08:震災に思う平和学の未来』

第29号(3月25日)『知ることで未来を照らす』佐藤慧『心震えるとき』『県立高田病院からの光景』笠原正嗣「原発状況:続報」

第28号(3月18日)『東北・関東大震災と原発事故』ヤハギクニヒコ『災害志援NPOみんつな 設立』笠原正嗣『福島原発 爆発に備えて』

第27号(3月8日)『旅をすること、変わること』佐藤慧『アフリカレポート 2011年2月編』笠原正嗣『北斎流:江戸のイメージアップ奮闘記 vol.7』

第26号(3月1日)『視点の始点』安田菜津紀『明日を忘れないために~フィリピンの歌声』ヤハギクニヒコ『社会学曼陀羅07:歴史の真顔と横顔』安藤理智『Ready to Fight』

第25号(2月22日)『読み書き飛び交うネットワーク』安藤理智『11年目のトランジット 第2話 ~見えないカースト社会②~』笠原正嗣『北斎流:江戸のイメージアップ奮闘記 vol.6』安田菜津紀『あなたに見せるために』

第24号(2月16日)『spec+α』佐藤慧『人間遍路 vol.03 「差異を超えて」』ヤハギクニヒコ×佐藤慧 『schoolAFTERMODE開校前夜――理想の学校、理想の教育(後編)』

第23号(2月9日)『痛みを忘れずに』安田菜津紀『それでも希望へ進んでいく~カンボジア緑の村から③』ヤハギクニヒコ×佐藤慧 『schoolAFTERMODE開校前夜――理想の学校、理想の教育(前編)』

第22号(2月2日)『差異・彩・祭・才』安藤理智『11年目のトランジット 第1話~見えないカースト社会①~』ヤハギクニヒコ『社会学曼陀羅06:ツッコミと社会学』【回廊】笠原正嗣『影向

第21号(1月25日)『未知の領域に踏み込む視点』笠原正嗣『北斎流:江戸のイメージアップ奮闘記 vol.5』ヤハギクニヒコ『社会学曼陀羅05:体が先か心が先か』

第20号(1月18日)『Topical Aura』佐藤慧『人間遍路vol.02 未来の種を蒔く』ヤハギクニヒコ『社会学曼陀羅04:クールな合理化の非合理性』安藤理智『人間は成長する生き物』安田菜津紀『HIVと共に生まれる』vol.1

第19号(1月11日)『自然を感じること、世界を感じること』安田菜津紀 『ウガンダからの風』笠原正嗣 『北斎流:江戸のイメージアップ奮闘記 vol.4』佐藤慧 『愛すること、愛されること』

第18号(1月4日)メンバーから新年のご挨拶+ギャラリー的新コーナー回廊スタート。

第17号(12月27日)『Station』佐藤慧『人間遍路vol.1』ヤハギクニヒコ『社会学曼荼羅03』

第16号(12月20日)『心が繋ぐ、あなたとの距離』安田菜津紀×ヤハギクニヒコ『HIVと希望と』安藤理智『タイスタイル』

第15号(12月13日)『境界の幅と合わせと重ね』佐藤慧『カルチャーショックvol.5』笠原正嗣『子規とゴッホ』

第14号(12月6日)『グローバルグリッドどフラット化の夢』笠原正嗣『北斎流:江戸のイメージアップ奮闘記 vol.3』佐藤慧『その祈りは誰の耳に』 の風』

第13号(11月29日)『縁感』佐藤慧『カルチャーショック』vol.4.風の吹くまま:Zambia、ヤハギクニヒコ『社会学曼陀羅02:インターネットと無縁の風』

第12号(11月22日)『動き出す労働の境界線』安田菜津紀『ある母子家庭に見る日本の貧困問題』、ヤハギクニヒコ新連載『社会学曼陀羅01:貧困とは何か?~環境と選択肢』

第11号(11月15日)『技術革新と本質へのフォーカス』安藤理智『レンズが捉えるスポーツの本質』、笠原正嗣『絵巻物とiPad/iPhone』

第10号(11月8日)『覚悟することと足りないことと』安田菜津紀『元日本兵・松浦俊郎さんを訪ねて』、ヤハギクニヒコ×小川光一『それでも運命にイエスという』対談(後編)

創刊9号(11月1日)『投影する世界と偶然と必然』佐藤慧『カルチャーショック』vol.3.、ヤハギクニヒコ×小川光一『それでも運命にイエスという』対談

創刊8号(10月25日)『過去という礎上に』ヤハギクニヒコ『過去と向き合う――カンボジア、虐殺から30年目の覚悟』笠原正嗣『北斎流 vol.2』

創刊7号(10月18日)『境動する社会へ』佐藤慧『カルチャーショック vol.2』ヤハギ×安藤対談『海外で生活すること(後編)』

創刊6号(10月11日)『融解する境界線』安藤理智『海外生活の心得』ヤハギ×安藤対談『海外で生活すること』

創刊5号(10月4日) 安田菜津紀連載『カンボジア緑の村より②』佐藤慧『アフリカレポート selection 9月編』

創刊4号(9月27日) 『江戸の日本とアフリカの今』笠原正嗣『北斎流:江戸のイメージアップ奮闘記(1)』 佐藤慧『南部アフリカレポート selection 8月編』

創刊3号(9月20日) 「世代を越えて経験を伝える」特集

創刊2号(9月13日) 佐藤慧『カルチャーショック』連載開始

創刊1号(9月6日) 安田菜津紀 『カンボジア緑の村より』連載開始

創刊準備0号(8月30日) 世界を笑顔にするために。