vol.0024 of AFTERMOD E-PRESS

AFTERMOD E-PRESS 第24号

00【巻頭】『spec+α』


 関東でも吹雪いたりと、ますます寒さが厳しくなっていっておりますね。そんな中、ヤハギクニヒコは軍艦島へ、佐藤慧は沖縄の琉球大学へと飛び回っておりました。さて、今回の佐藤慧の記事『人間遍路』はなんと海を越えてカリフォルニアの新聞(http://goo.gl/Le7bL)に掲載されたものを日本語にしたものです。ぜひ両方読んでいただければと思います。そして、ヤハギクニヒコと佐藤慧の対談も後編に突入。教育に対して激論を交わします。途中、respectについて佐藤慧がコメントするのですが、spec(t)とは“見”の意味です。どうも教育とは、教師が生徒にいかに見せるか、教師がいかに生徒を見るかという、見る・見られるの関係、spectacleの問題をはらんでいるようです。いかに日頃からinspect(調査)を行い、inputを増やし、自分のスペックを増設し、時にoutputする機会を得たときはどうaspect(概要)を考えつつ、specific(具体的)に伝えるか。そのヒントが盛りだくさんの回となりました。これからプレゼンを行う機会があるときぜひ参考にしていただけたらと思い、今回のE-PRESSをお送りします。

(笠原正嗣)

INDEX
vol.0024号(2011年02月16日号)


00【巻頭】『spec+α』
01【連載】佐藤慧『人間遍路 vol.03 「差異を超えて」』
02【対談】ヤハギクニヒコ×佐藤慧
『schoolAFTERMODE開校前夜――理想の学校、理想の教育(後編)』
03【回廊】佐藤慧『千の祈り』
04【告知】2月17日 安田菜津紀トークライブ
     『繋がりのなかで-カンボジアと出会った2人の女性-』
05【告知】2月27日ヤハギクニヒコ鏡明塾・風雅コーススタート
06【後記】『居合的学習空間へ』

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01【連載】佐藤慧
『人間遍路 vol.03 「差異を超えて」』


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 ザンビア北部の小さな村に位置する学校で、チャンダ氏(29)は今日も障害児クラスで教壇に立っていた。障害児クラスのある学校は稀で、ここには地区全域から集まる22人の子供たちが通っている。チャンダ氏は主に聴覚障害を持った子供たちを担当し、手話を巧みに使用しながら授業を進めていた。そんな彼女は、自身もまた社会の中でのマイノリティとしてその人生を送ってきた。


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 アルビノ。先天性白皮症。先天的にメラニン色素が欠乏している症状であり、彼女の皮膚は透き通るような白、髪は白みがかった黄色、目は淡青色、陽の光に敏感で、アフリカの強い日差しは彼女には眩しすぎる。黒人社会の中にあって、アルビノであることは特異に映る。日本でも昔は白子と呼ばれ、神の化身として崇められたり、若しくは不吉な子として忌み嫌われたりしてきた歴史がある。アフリカでもそれは例外ではなく、未だにウィッチドクター(魔女)による呪術、施術の盛んな地域では、アルビノの人たちは生贄の対象とされたり、呪術の秘薬として殺されたりする地域もある。近年隣国のタンザニア、ブルンジでアルビノを狙った残虐な事件が多発し社会問題となっているが、その多くが呪術用にアルビノの肢体を求めてのことだった。その肢体から作ったお守りを持って鉱山へ行けば金が出る、などといったとても信じられないような迷信もあり、アルビノという症状への理解が進むのはまだまだ難しい状況だ。しかしザンビアでは、大概のコミュニティで彼ら、彼女らもまったく普通の人として受け入れられている。それは田舎ならではの社会の優しさと、ザンビア人特有の寛容性によるものだと思う。この地のHIVエイズ感染率は16%を上回る。当然両親を無くしたエイズ孤児も多く、そのような子供たちに対する政府の援助も届かない。それでも、このコミュニティ内ではみなが助け合い、路上生活をする孤児もいなければ孤独死を遂げる老人もいない。みな助け合って生きているのだ。


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 「親戚の中には、私がアルビノであることを忌み嫌う人もいました」。5人兄弟の中、チャンダ氏だけがアルビノとして生まれた。全く差別が無かったわけではない、と彼女は言う。それでも、ほとんどの人はそんなことは気にせずに普通に接してくれるという。現在29歳のチャンダ氏は教員生活8年目に入った。現在は従兄弟との2人暮らし。仕事も忙しく、両親のもとへは中々帰れない。結婚は考えていないのですか、という問いにチャンダ氏は首を振る。「今はまだ考えていません。その時が来たらすると思います」。少し照れながら微笑む彼女は、今は仕事で精一杯だと言う。「近い将来、障害児教育をより専門的に学ぶために大学へ行きたい」。ひとりひとりの人間が未来を切り開いていくためにも、教育は必要不可欠だと彼女は信じている。中でも、この国の現状ではサポートの届きにくい障害児教育という分野で、彼女は未来に花咲く種を育んでいる。彼女の生徒たちは、外国人の僕にも積極的に手話で話しかけてくる。遥かアフリカ、もっとも貧しい国のひとつともいわれるザンビアの田舎で、先進国の失いかけている、豊かな人との繋がりというものを感じた。

(写真+文=佐藤慧)

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02【対談】ヤハギクニヒコ×佐藤慧
『schoolAFTERMODE開校前夜――理想の学校、理想の教育(後編)』

前回の対談はこちら

◆準備の大切さとカッコイイ大人

矢萩: 授業に限らず何事でもそうだと思いますが、準備しておいて全く使わずにアドリブで行くのはOKなんですよ。それは僕も良くやります。しかし、準備がゼロでアドリブで行くのは、ただのエゴです。生徒に失礼でしょう。僕は、大学の先生ですら、専門分野の知識を伝えるだけではダメだと思っています。ですから中高生、ましてや小学生の前に立つのであれば尚更、何が「質」なのかを自問する姿勢が必要でしょうね。それは、その「場」によって違ってくるのだとは思いますが、だからこそ、システム化が難しいのですし、人間としての力が発揮出来るのだと思います。

佐藤: つくづく、教師とは人間力が求められる職業ですね。魚屋は肉を売るようになったら肉屋ですが、教師というのは何を教えるかで区分されるような肩書きではなく、ひとつの「生き方」なのでしょうね。なので肉屋さんでも「教師」的な人はいるでしょうし、大学教授でも「教師」的でない人はいるのでしょう。教育とは何かということがもっと根本から議論される必要性を感じます。それはつまり、人は何のために生きるのか、という哲学に通じるわけですが。

矢萩: 「教師的」というのは、その通りですね。そういう側面は誰もが持っているのでしょうし、そういう「生き様」を見せること自体が、すでに「教師的なメッセージ」になりますね。だから人間的に魅力がある人とは、接しているだけで勉強になりますし、思考や行動ののトリガーになりますね。

佐藤: 要は「カッコイイ大人」が側にいればこどもは勝手に育つのだと思うのですが、今やその手本とすべき大人たちの人間性が疑われる時代ですからね。情報が増えすぎたせいかもしれませんが、未来に対してそんなに希望を持てない世の中になってきたような気がします。

矢萩: そうですね。身近な「カッコイイ大人」というのは、本当に必要だと思います。一般化された「みんなのヒーロー」ではなくて、「それぞれのカッコイイ大人」がもっといた方がいい。それがいないから、アイドルタレントや、漫画のキャラクターなんかに走るんですよね。別にそれ自体は悪いことではないのですが、リアルに接している大人の中にもヒーローがいないと、なんだかバランスが悪い気がするんですよね。かくいう僕自身も、「教師」になっていることもあれば「反面教師」になっていることもあると思うので耳が痛いですが、自分自身、大人になるまで大きく影響を受けるような先輩や先生に出逢えなかったんですね。身近なヒーローがいなかった。まあ、今考えれば自分の行動範囲や、受容力にも問題があったのですが。それで、僕は学校や教師に対して常に反抗的でしたし、積極的に関わろうとしなかったんです。でも、ふと思ったんですね。教師という仕事は自分が思っているよりも大変なことで、僕のイメージは実現不可能な理想論なのかも知れないって。だから、否定する前に、自分でやってみようと思い立ったわけです。

佐藤: なるほど、否定するのは簡単ですが、ならオルタナティブをどうしましょう、ということですね。実際にヤハギさんは現在小学生を対象にした塾講師の他に鏡明塾という私塾も開講なさってますが、その理想論に関しては考えが変わりましたか?

矢萩: 実際にやってみて、これは僕なりにですが、自分の理想というのはある程度のところまでは実現出来るな、という実感が出てきました。例えば、僕は人間関係でものを捉えることが多いのですが、その理想像の一つに、生徒が大人になった時に「懐かしさ」ではなくて連絡したくなるような教師になりたい、と思っていました。こればっかりは続けていかないと全く持って答えは出ないのですが、最近教え子達が社会人になり始めて、少しずつ可能性というか、自分のやっていることの着地点が見えてきている気がします。

佐藤: なるほど、そこが本からでは得られない経験ですね。教師と生徒という境界線は絶対のものではないですからね。僕も僅かな経験ですが、アメリカで教師の真似事をしていたことがありましたが、教えることで自分自身が成長することを非常に強く実感しました。そこに人と人との真摯な交流があることで、両者は共に前に進むことが出来るんですね。この感覚は、僕はスクールアフタモードでぜひとも体現していきたいことです。スクールは場を提供するものであり、教師は知識を押し込むのではなく、言葉を引き出す存在として在ればいい。人がそこでリアルに関わることで生まれるものを大切にしていきたいです。


◆お互いにリスペクトすること

矢萩: 慧君にとって、これは生徒サイドからでも教師サイドからでも良いのですが、理想の教育というものはどんなイメージがありますか?

佐藤: 僕の思う理想の教育とは、人と人が個人として真摯に向き合っているものですね。上から下のベクトルだけではなく、教師も生徒から学ぶことがあるという姿勢をきちんと持っていることが大事だと思います。これは親子にも通じるのかもしれませんが、親も初めて親になるわけであって、子供が生まれた瞬間から親なわけではないんですよね。その学びは一生続き、親も子供から学ぶし、その姿勢があるからこそ、子供も親を信頼出来ると思うんです。結局物事に答えなんてないことがほとんどなので、人生の最後までそれを探求し続ける姿勢を持った人にこそ、何かを師事したいと思います。僕の思う「カッコイイ」というのは、そういった人生観を持って生きている人のことですね。

矢萩: 「リスペクト」は大事だと思います。日本語ラップで言葉だけは浸透しましたけど、本当の意味で相手に対する「リスペクト」があるかどうかというのは、どうも怪しいシーンが多いですね。「教師-生徒」とか「大人-子供」という捉え方をすると、どうしてもどちらかが一方的に優位な気がしてしまうのですが、教師も生徒に対するリスペクトが必要ですし、そういう姿勢から自ずと相互の関係に育っていくのだと思います。生徒に対する畏怖の念というか、そういう感覚を忘れてはいけないと思うんですね。高円宮妃殿下に「今の教育に必要なものは何だと思うか」と言う質問をさせて戴いたことがあります。その時に「リスペクト」だという回答を頂きました。まず親が子供に対して、そして先生に対してリスペクトがあれば、子供だって自ずと先生をリスペクトするものだ、と。そういう相互リスペクトの状態が現代の教育には足りない気がする、って仰っていました。教育の現場にいるわけではないのに、何と的確に話されるんだろう、と驚きました。

佐藤: そう! リスペクトですね! re+spectで“振り返って見る”という意味にあるように、人としての価値を認める姿勢ですからね。僕もザンビアで似たような質問をしたことをありますが、大切なのはrespect(尊敬、尊重)とbe modest(謙遜)だという返事が返ってきました。権威を振りかざす必要はなく、人間の器で人を惹きつけれるような人が理想ですね。

矢萩: 「振り返って見る」ですか、それはまさに、ソクラテスとプラトンが目指した学習観ですね。「アカデメイア」は「想起する場」という意味でした。想起することで、自分自身と重ね、写し見る鏡になるんですね。謙遜に関してもソクラテスの言う「無知の知」ですよね。色々なことを知り、考えれば、自分が無知なことに必ず気が付くし、調子に乗れるわけがありません。

佐藤: 何かを知っているつもりになることが、一番未来への学習を妨げますからね。自分の立ち位置に謙虚に、歩いてきた道筋も何度でも真摯に見つめて構わないはずです。自分は子供時代を経て大人になったのだからという自負は捨てて、素直に子供から学ぶ姿勢も大切ですね。


◆「思考をデザインする」

矢萩: スクールアフタモードでは「思考をデザインする」というテーマを掲げているわけですが、知ることと行動することのバランスが取れていない気がするんですね。例えば教育の世界でも、ちょっと手を伸ばせば経験出来ることをスルーして教え続けている教師が多いです。なにも教科書に出てくる全ての国に行けなんて言っているわけではなくて、ほんの少しのリアルを織り交ぜることが彩りや説得力にも繋がると思うんですね。能動的な読書なども経験だと思いますし。逆に活動家と呼ばれるような仕事をしている人達は、机上のことを軽視しすぎている嫌いがあると思います。もっと勉強した方がいいのに後回しにしてしまっている。その辺のバランスをとることの重要さを扱っていきたいですよね。慧君は勉強しつつも、地球を飛び回って活動をしているわけですが、活動家として世界を見たときに、やはりバランスの悪さは感じますか?

佐藤: インプットとアウトプットのバランスは非常に大事ですし、難しいことでもありますね! 僕自身、受動的な学習が続くと堪らず外に出たくなり、外にばっかり出ていると書斎が恋しくなるのですが、まだまだうまく両立出来ているとは言えません。でも、結局インプットとアウトプットを両輪としてうまく機能させないと、前には進めなくなるんですよね。左車輪の動かない車では、延々と左に旋回し続けるだけで、轍は深くなっていきますが前には進んでいけませんよね。轍が深くなって身動きが取れなくなる前に、反対側の車輪を動かさないといけません。こういうことをきちんと教えている教育機関があるのか僕は知らないのですが、何かしら自分の道を見つけて前に進んでいる人というのは、このバランスが非常によくとれた人だと思います。現行の学校教育では、学んだことをどう使えばいいのかわからない、アウトプットの仕方がわからないという本末転倒な事態に陥りやすい状況なのかな、とは感じますね。

矢萩: そうなんですよね、この両輪というのは、自転車みたいなもので、バランスとって乗れるようになると、自動的に両輪でないと進めないことを実感出来るようになりますね。問題は、そういう感覚を持っている人は、多くの場合独学で自らその方法を発見している気がするんです。それはそれで正攻法なのですが、それを教育の現場で出来れば理想的ですよね。

佐藤: 勉強というものは一生続くものなのですが、多くの人が教育機関を卒業すると、途端に勉強する時間が限られてしまっていると思います。もちろん、生活していく上での時間配分が変わってくるということもありますが、もっと重要なのは、「自分で勉強出来る技術」を持っているかどうかなんですよね。僕は完全に独学型で、言語の習得も単語帳と簡単な文法書さえあればこと足りるのですが、勉強する方法がわからないと言う人の話を聞いたときに、自分は恵まれた環境に育ったなと感じました。

矢萩: 色々なことをやっていると、時間の問題は良く聞かれますね。よくビジネス書などで「タイムマネジメント」なんていう言葉を目にしますけれど、そんな一冊かけて説明するようなことではなくて、要するに手に入れたい時間と引き替えに、どの時間を差し出すかということなんですよね。代償の感覚がないと、時間管理は出来ないと思います。スピード上げるって言っても限界がありますし、それぞれにあったペースっていうものがありますからね。僕の場合は単純にテレビを見ない。車は使わず移動時間は読書。という二つで時間を捻出しています。あとは同時進行出来ることは同時にやりますし、結合出来ることは結合してしまいます。そういう自分なりの時間管理や、独学の方法というのも教育の場で作れれば良いですよね。

佐藤: 同意です。時間の捻出は人生のプライオリティをきちんと考えることで自然と答えが出ます。結局ここでも「何のために生きているのか」という問いが重要になってきますね。僕らが良く使う言葉のひとつに「OS」というものがありますね。Operating System。僕はそれを全ての思考の原点になる根っこのようなものだと捉えているのですが、このOSをデザインすることこそが教育の重要な部分かもしれませんね。歴史を学ぶとは年号を暗記することではなく、時間軸に起こった出来事を整理し、そこに関わった人々の人生を思うことでもあります。芸術を学ぶとは、ピカソの『ゲルニカ』を知識として身につけるわけではなく、表現の手段を知り、自分と世界を繋ぐ道具を知ることでもあります。「思考をデザインする」というスクールアフタモードの理念は、次世代の教育を考えるにあたって的を得ていると思いますね。

矢萩: まさに「OS」のデザインというのは、教育の根本なのではないかと思います。江戸の私塾での教育は師が心の中で生き続けるような、そういう教育だったと言いますが、それはOSのデザインだったのではないかと思います。「何のために生きているのか」というラディカルな問いは、なかなか簡単に答えることは出来ないですが、そういう問いをいつも胸に持っていること自体が重要なんだと思います。この人はこういう風に生きている、では自分はどうだ? と思わせるような生き様の師が、関わる人のOSをバージョンアップしていくのでしょうね。(アフタモードのマークは実はOとSなんです!)

佐藤: アフタモードの理念に教育、アート、ジャーナリズムの3つがありますが、スクールが始動することで、この3つの動力が動き始めますね。アフタモードにとって、教育とジャーナリズムは両輪、アートの概念は空へと羽ばたくための翼なのかもしれません。きちんと両輪を回して加速をつけていきたいところですね。

矢萩: そうですね。3というのは動きの連鎖と生産性を表す数字です。と同時にアフタモード的にはトライ/アングル、挑戦的視座です。そういう思想を大切にしつつ、新たな理想に向かいましょう。これから始まる新たな冒険、是非たくさんの方に参加して戴きたいですね。思考をデザインする苗代のような場所にしていきたいと思っています。慧君、初対談お疲れ様でした!

佐藤: また次回も楽しみにしています!

(ヤハギクニヒコ×佐藤慧)

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03【回廊】佐藤慧
『千の祈り』


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ひめゆりの塔に供えられた千羽、万羽の鶴は、
想いの連なる「祈りの遺伝子」なのかもしれない。

人は未だ見ぬ未来に想いを馳せ、
そこに生きる人々の幸せを祈ることの出来る生き物だ。
供えられた祈りは、過去の悲しみへではなく、
未来への希望へ向けて、その模様を描いているように映る。

(写真+文=佐藤慧)

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06【編集後記】『居合的学習空間へ』

 毎日エデュケーション・グローバル広場にて、スクールアフタモード第0回がスタートしました。イベントや報告会ではない、学習の場を作りたいという構想はアフタモードを始めたときからありましたが、いよいよ形になって動き始めました。「場」というのは成長していくもので、少しずつ変わっていくものですが、その最初のマイルストーンとしては面白い場になったのではないかと考えています。固い時間と柔らかい時間のコントラストが、脳や体に刺激を与えるのだと思います。波と凪を乗り分け、静と動を使い分けながら、楽しい中にキラリと光る居合い合戦のようなライヴ感溢れる場を育てていきたいと思います。参加された皆さん、有り難うございました。いよいよ次回から本番スタート、どうぞよろしくお願いします。では、また来週お目にかかります。

(ヤハギクニヒコ)

04【告知】2月17日 安田菜津紀
トークライブ『繋がりのなかで-カンボジアと出会った2人の女性-』

2/17(木) 京都のBazaar Cafeにてトークイベントを行います。
『繋がりのなかでーカンボジアと出会った2人の女性ー』

 ○18:30 Start
 ○会費:1000円(Food&Drink込)

 ≪詳細≫→ http://amba.to/gg0k9a

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【再掲告知】ヤハギクニヒコ×佐藤慧
2月19日schoolAFTERMODE開講!『通貨の歴史と未来~有限の世界の中で未来を描くには』

■schoolAFTERMODEとは
株式会社スタディオアフタモードが贈る「思考をデザインする」ために学び、行動する学校です。学生、社会人関係なく、ジャンルを越えて、様々なことを学んでいくことで、総合的な視野を得ることを目的とします。

■【講座第1回】『通貨の歴史と未来~有限の世界の中で未来を描くには』
私たちが生活を送るのに欠かせないお金というもの。身近にあるのに、これほどその実態を知られていないものもありません。通貨というものはどうして生まれたのか、どのような歴史を辿ってきたのか、そして、今後の行方は。現在世の中に蔓延する多くの問題を考えるにあたり、通貨の役割をきちんと考察することで見えてくる物事もあります。紛争、飢餓、貧困、それらの中心には資源の分配という問題が大きな要素を占めています。限りある地球資源の中で、人間はどのように共生の道を探っていけばいいのでしょう。一般的な経済学とは一味違ったお金の話。これからの世界についても、みんなで一緒に考えてみませんか?

◆講師:ヤハギクニヒコ(アルスコンビネーター) × 佐藤慧(フィールドエディター/ ジャーナリスト)
◆.時:2011年2月19日18:00~21:00
◆場所:東京都渋谷区神宮前1-8-8 COXY188 ビル6F 3号室 ※JR原宿駅から竹下通りを抜けてすぐ
◆参加費:2,500 円
◆お申込み方法:school@aftermode.com まで。
※件名を「2月19日:通貨の歴史と未来、参加希望」とし、御名前、メールアドレス、所属をお書きの上お送りください。

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【再掲告知】2月19日安田菜津紀×渋谷淳志×今井紀明『ナイトカフェvol.1』フォトジャーナリストが語る世界の子どもたち


2人のフォトジャーナリストがインタビュアー今井紀明と共にディープに語る! カンボジア、タイ、ビルマなどアジア各国からアフリカまで! 写真と共に子どもたちの「今」を伝えます。

【会場】スペースふうら
http://plaza.harmonix.ne.jp/~artnavi/02gal.pak/03gal-tikamiti/03rental-gal/fuura.html

〒537-0001 大阪市東成区深江北3-4-11 バーンユースック 1F
地下鉄中央線 「深江橋駅」下車、4番出口から南東へ徒歩約5分

【時間】
18:00 開場
18:30 スタート
20:00 トーク終了・立食形式の交流会
21:00 イベント終了

【会費】
1000円(1ドリンク込)

【お申込み方法】
●お問い合わせ、お申し込みは、angletry@gmail.com まで。
件名を「2月19日:ナイトカフェ、参加希望」とし、下記を記載のうえお送りください。
----------------------------------------
お名前:
Eメールアドレス:
所属:
----------------------------------------

※30名の定員に達し次第、締め切りとさせて頂きます。

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【再掲告知】2月25日 安田菜津紀 X 古居みずえトークイベント


 映画「ぼくたちは見た~ガザ・サムニ家の子どもたち~」 の
第1回公開前連続トークイベント に安田菜津紀が参加させていただきます。
お相手は、映画監督でありジャーナリストでもある古居みずえさん
お時間のある方は是非ご参加ください!
(要予約)

≪日時≫2月25日(金)19:00~
≪場所≫池袋 アラビアンレストラン「月の砂漠」
(詳細)http://twitpic.com/3vi92n

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05【告知】2月27日ヤハギクニヒコ
鏡明塾『風雅コース』スタート

以前からリクエストを戴いていた、鏡明塾の再編集版講座をスタートします。土曜or日曜の19:00からです。少し遅い時間ですが、その分普段のコースよりも参加しやすい方がいらっしゃれば良いなあ、と考えております。初めての方、単発受講、大歓迎です。この日は中高生コースも同時開催です、どうぞよろしくお願いします。

◆鏡明塾2011 風雅コース第1回 2/27(日)

 [中高]17:05~18:50(306教室) テーマ『お金と価値』
 [一般]19:05~20:50(303教室) テーマ『ロゴスから哲学へ』

★全ての講座とも先着20名とさせて戴きます。 (単発で受講されても大丈夫です)
神奈川県民センター(横浜駅西口徒歩8分)にて、参加費用は各コースとも一般・大学生2500円、中高小学生2000円(教材費等全て込み)です。
(※中高生が一般コース、一般の方が中高生コースを受講することも出来ます)
(※受講費は当日お持ちください。振り込み希望の方はお申し出ください)
申し込みはメールにて承ります。
タイトル【鏡明塾予約】日付・コース・名前(参加希望者全員分)で
yahagi.sa@gmail.com
までお願いします。ご要望、ご質問等もこちらまで。では、みなさんの御参加、お待ちしております!

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【再掲告知】
◇◆2011 studioAFTERMODE
卓上カレンダー発売中!!◆◇


今を大事に生きることと、
過去や未来を無視することは違います。
それは、長い歴史においても、ほんの最近のことでも変わりはありません。
関わりの中で、うねりながら流れていく僕らの、1つの物差しになればと願い、今年もカレンダーを作りました。

ご購入希望の方は、
タイトル「アフタモード商品購入希望」とした上、

・お名前
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までメールをお願いします。
折り返し代金の合計と、お振り込み先をご連絡いたします。

安田菜津紀作品集「アンダンテ」も販売しておりますので、そちらもよろしくお願いします。
詳しくはアフタモードホームページ
http://www.aftermode.com/

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アフタモードスピリット【アフタモード魂十則】株式会社スタディオアフタモードの社訓。外向けには全貌が伏せられているが、プロとして、社会人として、そして人間として何が重要かという思考・行動規範をヤハギがまとめたもの。できた当初は「電通鬼十則」にあやかり「アフタモード鬼十則」だったが、安藤の意見により「魂十則」に変更してメンバーにリリースされた。

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イープレス【E-PRESS】インターネット上で配信される電子雑誌。そもそもプレスというのは、定着を表すのだが、電子雑誌の場合改編が簡単なため、あまりプレス感が無く、コピペなどの無断引用に弱い。PDF化により多少プレス感を出すことが出来るが、リンクを張れないのでデメリットも多い。

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第64号(9月1日)【政経評】『数と人』矢萩邦彦『社会学曼陀羅11:詩と批評について』佐藤慧『経済と友愛 ~ある猟師の物語~』笠原正嗣『民主主義と効率』松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ14』『抗う理性』

第63号(8月1日)【アート】『通り過ぎること』水野清仁『E-PRESS_63号 - studio.AFTERMODE -』佐藤慧『青く透き通るような風』笠原正嗣『日本の発想』 松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ13』『風』

第62号(7月1日)【労働】『継続する結果』安田菜津紀『陸前高田市、小友町の天洋丸にて。』佐藤慧『君の瞳』 笠原正嗣『インフレ・円安を考えてみる』 松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ12』『情報と存在学』

第61号(6月1日)【死生観】 水野清仁『s.AFTERMODE-PRESS 2013.6.1』 矢萩邦彦『時代と死生観』佐藤慧『ゆく河の流れは絶えずして』安藤理智『無題』 笠原正嗣『イマ』

第60号 (5月1日)【教育】矢萩邦彦『中学受験と社会問題』笠原正嗣『共感と思考』佐藤慧『未来の主役たちへ』安藤理智『教育現場の素地』松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ10』

パラリンピック特集7号 『見えないコミュニケーション』矢萩邦彦『音の世界の中で研ぎ澄まされる~ゴールボール日本チームのパラリンピック(3)』

パラリンピック特集6号 『セミファイナル後半に挑む。』 矢萩邦彦『音の世界の中で研ぎ澄まされる~ゴールボール日本チームのパラリンピック(2)』 安田菜津紀 第8回「名取洋之助写真賞」受賞」

パラリンピック特集5号 『鈴の先の「金」を目指して』 矢萩邦彦『音の世界の中で研ぎ澄まされる~ゴールボール日本チームのパラリンピック』

パラリンピック特集4号 『おめでとう!秋山里奈選手金メダル獲得!!』 矢萩邦彦『Go!Go!里奈!!~全盲の水泳選手秋山里奈と応援団のパラリンピック(3)』

パラリンピック特集3号  『ロンドンパラリンピック 秋山里奈応援団!! ~背泳ぎ決勝直前、会場前にて』 【速報】矢萩邦彦『Go!Go!里奈!!‐今夜背泳ぎ決勝進出』

パラリンピック特集2号 『ロンドンパラリンピック 秋山里奈応援団 ~背中に響く里奈の声』 矢萩邦彦『Go!Go!里奈!!~全盲の水泳選手秋山里奈と応援団のパラリンピック』

パラリンピック特集1号『始まりの帰路』

第59号 (7月3日)『基準で見るということ』 松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ9』安藤理智『ブレードランナー 夢の舞台を駆け抜ける』

第58号 (7月17日)『忘れないと思ひ出す』松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ8』佐藤慧『今を生きる』

第57号 (7月3日)『所属と経験と区別する必然性と』 松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ7』 笠原正嗣「マンダラ発光展@gggを見て」(後篇)

第56号 (6月18日)『良き杖を手に力強く足を前に』 松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ6』笠原正嗣「マンダラ発光展@gggを見て」(前篇)

第55号 (6月4日)『専門の弱さ』 松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ5』 水野清仁『女性』

第54号 (5月13日)『ズレと忘却を越えて』 松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ4』 安田菜津紀『あなたのいない、これからの時間を。』

第53号 (4月30日)『誰が為の未来』 松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ3』 安藤理智『ため息のでる美しさ アヤソフィア』

第52号 (4月16日)『情報はサイである』 松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ2』 佐藤慧 『アフリカ再訪 2012春 (4)Way Station「道の駅」-それぞれの未来へ』

第51号(4月2日) 『何度でも考えること』 鼎談:松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ』 佐藤慧『アフリカ再訪 2012春 (3)ジュバ-産声をあげた国』

第50号(3月19日)『それぞれの日常、それぞれの未来』 安田菜津紀『HIVと共に生まれる~ウガンダ取材~』 佐藤慧『アフリカ再訪 2012春(2)チンサリ-森の未来、人類の未来』

第49号(3月5日) 「伝える」から「伝わる」へ 佐藤慧『サラーム・キルギスツアー2011-天山の真珠に触れて-⑤ 再会を約束して』 笠原正嗣『古典音讀』

第48号(2月21日) 『haveとbehave』 佐藤慧「アフリカ再訪 2012春 (1)ルサカー季節は巡り」 ヤハギクニヒコ『社会学曼陀羅10:メディア論的身体論』

第47号(2月7日)『人を活かすために』 佐藤慧『サラーム・キルギスツアー2011-天山の真珠に触れて-④シベリア抑留者の遺産』 笠原正嗣 『新陰流とアナトミー(解剖学)』

第46号(10月18日)『忘れ物』 安田菜津紀『HIVと共に生きる 新しい命、残された命』 安藤理智『朝の浜辺』

第45号(10月11日)『型から想起する』佐藤慧『サラーム・キルギスツアー2011-天山の真珠に触れて-③イシク・クルの朝日』笠原正嗣『新陰流とアフォーダンス』

第44号(10月4日)『自分に出来ること』矢萩邦彦上海講演『災害時における「任意NPO」という方法の可能性と課題について』(後編)安藤理智『島の夕暮れ』

第43号(9月27日)『何を受け取り、何を伝えているのか』佐藤慧『サラーム・キルギスツアー2011-天山の真珠に触れて-②キルギスの家族』笠原正嗣『日本の症状4-「ニュースは見るだけ無駄。」と思わせる仕掛け。』

第42号(9月20日)『「問題」を見つめる』』矢萩邦彦上海講演  『災害時における「任意NPO」という方法の可能性と課題について』(前編)安田菜津紀 『路地裏に生きる子どもたち』

第41号(9月13日)『知り、行動し、悩み続けること』佐藤慧『サラーム・キルギスツアー2011-天山の真珠に触れて-①天山山脈の麓へ』笠原正嗣『日本の症状3―見ているのか、見させられているのか』

第40号(9月6日)『生死を分けるTPO』ライフリンク代表、清水康之氏インタビュー『寄り添うために -報道を通して何ができるのか-』(後編)佐藤慧 『復興の狼煙(のろし)』

第39号(8月29日)『誰のためのメッセージなのか?』ライフリンク代表、清水康之氏インタビュー『寄り添うために -報道を通して何ができるのか-』安田菜津紀『1本松に寄せる想い』

第38号(8月22日)『記憶を記録すること』安田菜津紀『新しい瞬間を写真に込めて』安藤理智『隣国の少女』

第37号(5月27日)『言語の力と限界と』佐藤慧×矢萩邦彦アフリカ取材実況対談『コンゴ民主共和国の今(後編)』笠原正嗣『日本の症状2~原発反対運動と電力不足』

第36号(5月20日)『情報とイメージと信用と』笠原正嗣『日本の症状1』佐藤慧×矢萩邦彦アフリカ取材実況対談『コンゴ民主共和国の今(前編)』

第35号(5月13日)『想いと時間』佐藤慧『悼む時間』笠原正嗣『レンブラント時代からのオランダと日本』

第34号(5月6日)『「私援」するということ』安藤理智『11年目のトランジット 第3話 ~ほほえみの国の落とし穴①~』ヤハギクニヒコ『社会学曼陀羅9:社会学曼陀羅09:ボランティアとアナキズム』

第33号(4月29日)『もう二か月か、まだ二か月か』日玉浩史×矢萩邦彦『日本の未来のために』佐藤慧Twitterなど情報まとめ4月後編

第32号(4月22日)『狭間を感じて』笠原正嗣『ピンセットのような建機の世界で』 佐藤慧Twitter情報まとめ4月前編

第31号(4月15日)『現想と錯綜』ヤハギクニヒコ「陸前高田取材報告」佐藤慧Twitterなど情報まとめ

第30号(4月6日)『幻実とタイミング』安田菜津紀『帰ってくるとそこは、もう出発前と同じ日本ではなかった』ヤハギクニヒコ『社会学曼陀羅08:震災に思う平和学の未来』

第29号(3月25日)『知ることで未来を照らす』佐藤慧『心震えるとき』『県立高田病院からの光景』笠原正嗣「原発状況:続報」

第28号(3月18日)『東北・関東大震災と原発事故』ヤハギクニヒコ『災害志援NPOみんつな 設立』笠原正嗣『福島原発 爆発に備えて』

第27号(3月8日)『旅をすること、変わること』佐藤慧『アフリカレポート 2011年2月編』笠原正嗣『北斎流:江戸のイメージアップ奮闘記 vol.7』

第26号(3月1日)『視点の始点』安田菜津紀『明日を忘れないために~フィリピンの歌声』ヤハギクニヒコ『社会学曼陀羅07:歴史の真顔と横顔』安藤理智『Ready to Fight』

第25号(2月22日)『読み書き飛び交うネットワーク』安藤理智『11年目のトランジット 第2話 ~見えないカースト社会②~』笠原正嗣『北斎流:江戸のイメージアップ奮闘記 vol.6』安田菜津紀『あなたに見せるために』

第24号(2月16日)『spec+α』佐藤慧『人間遍路 vol.03 「差異を超えて」』ヤハギクニヒコ×佐藤慧 『schoolAFTERMODE開校前夜――理想の学校、理想の教育(後編)』

第23号(2月9日)『痛みを忘れずに』安田菜津紀『それでも希望へ進んでいく~カンボジア緑の村から③』ヤハギクニヒコ×佐藤慧 『schoolAFTERMODE開校前夜――理想の学校、理想の教育(前編)』

第22号(2月2日)『差異・彩・祭・才』安藤理智『11年目のトランジット 第1話~見えないカースト社会①~』ヤハギクニヒコ『社会学曼陀羅06:ツッコミと社会学』【回廊】笠原正嗣『影向

第21号(1月25日)『未知の領域に踏み込む視点』笠原正嗣『北斎流:江戸のイメージアップ奮闘記 vol.5』ヤハギクニヒコ『社会学曼陀羅05:体が先か心が先か』

第20号(1月18日)『Topical Aura』佐藤慧『人間遍路vol.02 未来の種を蒔く』ヤハギクニヒコ『社会学曼陀羅04:クールな合理化の非合理性』安藤理智『人間は成長する生き物』安田菜津紀『HIVと共に生まれる』vol.1

第19号(1月11日)『自然を感じること、世界を感じること』安田菜津紀 『ウガンダからの風』笠原正嗣 『北斎流:江戸のイメージアップ奮闘記 vol.4』佐藤慧 『愛すること、愛されること』

第18号(1月4日)メンバーから新年のご挨拶+ギャラリー的新コーナー回廊スタート。

第17号(12月27日)『Station』佐藤慧『人間遍路vol.1』ヤハギクニヒコ『社会学曼荼羅03』

第16号(12月20日)『心が繋ぐ、あなたとの距離』安田菜津紀×ヤハギクニヒコ『HIVと希望と』安藤理智『タイスタイル』

第15号(12月13日)『境界の幅と合わせと重ね』佐藤慧『カルチャーショックvol.5』笠原正嗣『子規とゴッホ』

第14号(12月6日)『グローバルグリッドどフラット化の夢』笠原正嗣『北斎流:江戸のイメージアップ奮闘記 vol.3』佐藤慧『その祈りは誰の耳に』 の風』

第13号(11月29日)『縁感』佐藤慧『カルチャーショック』vol.4.風の吹くまま:Zambia、ヤハギクニヒコ『社会学曼陀羅02:インターネットと無縁の風』

第12号(11月22日)『動き出す労働の境界線』安田菜津紀『ある母子家庭に見る日本の貧困問題』、ヤハギクニヒコ新連載『社会学曼陀羅01:貧困とは何か?~環境と選択肢』

第11号(11月15日)『技術革新と本質へのフォーカス』安藤理智『レンズが捉えるスポーツの本質』、笠原正嗣『絵巻物とiPad/iPhone』

第10号(11月8日)『覚悟することと足りないことと』安田菜津紀『元日本兵・松浦俊郎さんを訪ねて』、ヤハギクニヒコ×小川光一『それでも運命にイエスという』対談(後編)

創刊9号(11月1日)『投影する世界と偶然と必然』佐藤慧『カルチャーショック』vol.3.、ヤハギクニヒコ×小川光一『それでも運命にイエスという』対談

創刊8号(10月25日)『過去という礎上に』ヤハギクニヒコ『過去と向き合う――カンボジア、虐殺から30年目の覚悟』笠原正嗣『北斎流 vol.2』

創刊7号(10月18日)『境動する社会へ』佐藤慧『カルチャーショック vol.2』ヤハギ×安藤対談『海外で生活すること(後編)』

創刊6号(10月11日)『融解する境界線』安藤理智『海外生活の心得』ヤハギ×安藤対談『海外で生活すること』

創刊5号(10月4日) 安田菜津紀連載『カンボジア緑の村より②』佐藤慧『アフリカレポート selection 9月編』

創刊4号(9月27日) 『江戸の日本とアフリカの今』笠原正嗣『北斎流:江戸のイメージアップ奮闘記(1)』 佐藤慧『南部アフリカレポート selection 8月編』

創刊3号(9月20日) 「世代を越えて経験を伝える」特集

創刊2号(9月13日) 佐藤慧『カルチャーショック』連載開始

創刊1号(9月6日) 安田菜津紀 『カンボジア緑の村より』連載開始

創刊準備0号(8月30日) 世界を笑顔にするために。