vol.0026 of AFTERMOD E-PRESS

AFTERMOD E-PRESS 第26号

00【巻頭】『視点の始点』


 佐藤慧のDRコンゴ取材に続き、安田菜津紀も3週間程フィリピンへ向かいました。こちらの取材状況も追々E-PRESSにて公開していけると思いますので、お楽しみに。さて今回は、安田菜津紀『明日を忘れないために フィリピンの歌声』とヤハギクニヒコ『社会学曼陀羅07:歴史の横顔』をお届けします。安田は以前マニラへ取材に行ったときのことを振り返ります。そこで出逢った貧困層の青年達と過ごした時に得た心に響いた言葉から教育というもの新たな可能性を提示します。続く、ヤハギの『社会学曼陀羅07:歴史の真顔と横顔』は、スミソニアン博物館で開かれた「エノラ・ゲイ展」がどういった経緯で開かれたのかを提示するとともに、改めて歴史というものの見方が一面的でないことを気づかせます。僕たちは視点が常に複数あることを知っています。けれど、視点を切り替えるには、まず自分達の依って立つ始点を変えなければなりません。これは、それまで僕たちが生きてきた常識に疑問を投げかけることなので、かなりシンドイ行為と言えます。一人でやるには難しい。ですので、その助力になればと思い今回のE-PRESSをお届けいたします。

(笠原正嗣)

INDEX
vol.0026号(2011年03月01日号)


00【巻頭】『視点の始点』
01【連載】安田菜津紀『明日を忘れないために~フィリピンの歌声』
02【連載】ヤハギクニヒコ『社会学曼陀羅07:歴史の真顔と横顔』
03【回廊】安藤理智『Ready to Fight』
04【告知】3月6日 鏡明塾『風水入門』
05【告知】3月13日AFTERMODEgroove
     『ドキュメンタリー・フィルム・フォーラム』開催!
06【告知】3月19日 佐藤慧 「毎日ウィークリー」に掲載
07【後記】『無自覚の境界線を感じること』

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01【連載】安田菜津紀
『明日を忘れないために~(1)フィリピンの歌声』

 3月1日から22日まで、3週間のフィリピン渡航です。

 初めて首都マニラを訪れたのは、2年前のちょうどクリスマスシーズン。海外に出稼ぎで働いている人々も、この時期は家族と一緒に過ごそうと一気に戻ってきます。ショッピングモールは家族連れとカップルでにぎわい、街中の公園はきらびやかな電飾で彩られていました。楽しそうに笑いあう人々の足元をすり抜けるように、小さな子どもたちが食べ残しやゴミをせわしなく集めてまわっています。彼らは小さな声でつぶやくのです。「私たちにクリスマスなんて来ない」。

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 貧困層が4分の3を超えるといわれるマニラ首都圏。同じ東南アジアでも、カンボジアよりも何か張り詰めた空気を感じていました。

 写真を撮るとき、「手」の表情と「目」の表情を見ます。「手」にはその人が積み重ねてきた日々の様相がにじみでます。「目」には意思が宿ります。路上を生き抜く子どもたちの手は、年齢よりずっと老いて見えました。そして目は、刺さるように鋭い。最初は彼らを前に、言葉を失ってしまうくらいでした。

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 滞在中、一番多くの時間を過ごしたのが、ギャングだった青年たちでした。20代半ばくらいの年齢の彼らを、私は兄たちのように思いながら過ごしていました。生きるために犯罪に手を染め、寂しさを紛らわすためにシンナーを吸い、ときに殺し合いに巻き込まれながら生きてきた兄さんたち。どれほど自分たちを見捨て、傷つけた大人たちを憎んだでしょう。

 やがてNGOに引き取られ、何度も世話をしてくれた大人を疑い裏切りながら、やっと自分の足で歩き出そうと踏み出したのでした。

「知っているかい。暴力ではない、復讐の方法がある。それは自分を高めることなんだ」。

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 彼らはまっすぐにそう語ります。それまで教育の役割は、将来の可能性を広げることだと思っていました。けれどそこには、心の選択肢を増やす役割もあることに、そのとき初めて気づいたのです。

 2011年、今年初めて訪れるマニラに、希望が見つけられるように。子どもたちの歌声に耳を傾け、まっすぐにその目を見つめてきたいと思います。

(写真+文=安田菜津紀)

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02【連載】ヤハギクニヒコ
『社会学曼陀羅07:歴史の真顔と横顔』

 先日、長崎は軍艦島と平和記念公園、長崎原爆資料館を訪れる機会に恵まれました。そこで出会った、かつて存在した悲壮を今に繋ぎ止めようとする近代化と戦争の傷跡は、確かに歴史への視点を更新してくれたように感じました。受験指導をしていると、毎年必ず戦争のことを教えます。通常授業だけでなく、夏期講習でも冬期講習でも繰り返し繰り返し。戦争の話をしない季節は、16年間ありませんでした。だから僕にとって戦争はとても近い存在です。しかしそれは言葉とイメージだけの話で、実際はいくら手を伸ばしても届かない、そんな歴史です。戦争を扱うことを、ただの受験対策にして欲しくないというエゴの下、誰かの痛みを、悲しみを、必死に想像して、なんとかほんの少しのリアルを掴もうとするとき、決まって思い出すのは祖母のことでした。同居の祖母に懐いていた僕は、ずっと勉強机も祖母の部屋に置いて、寝るときも祖母の部屋でした。大正生まれの祖母は震災と戦争の青春時代を余儀なくされた世代で、戦時中は看護師のような仕事をしていたといいます。いつでも聞けると思っていたのか、それとも一度聞いた話が怖くて尻込みしたのか、また戦争を思い出すのは辛いのではないかと思ったか、たぶんそれら全部が理由で、あまり詳しく聞くことが出来ませんでした。しかし、空襲から逃げた話や、その時の凄まじい介護の話などの幾つかの断片は、長いこと僕の想像の拠り所となっていました。

 歴史には側面と正面があります。歴史を一つの透明なようかん(直方体)だとします。横から見ると、年表のように線的に出来事が並んでいます。例えば一番左端に「645年:大化の改新」があって真ん中編に「1600年:関ヶ原の戦い」があってだいぶ右の方に「1945年:原爆投下」があるとしましょう。横から見た側面図だと、全ての出来事が時間軸に沿ってキレイに並んでいる感じです。細かく見れば因果関係の矢印が連綿と続いています。これがいわゆる学校教育での歴史像で、また一般的な歴史への視点だと思います。しかし、私たちは本当にそういう見方をしているのでしょうか。

 では「歴史ようかん」を正面から見てみます。あくまで視点は今です。1945年は割とハッキリ見えますね。しかし、1600年はだいぶぼやけています。645年にいたっては輪郭もおぼろです。これが正面から見た歴史のイメージです。どう見えるかは今次第ですね。平和な今となっては、戦国時代は格好良く見えるかも知れません。戦後まもなくであれば、いつの時代のものでも戦争なんてまっぴらだ、と目を背けたかも知れません。時代の主観というものがあります。いつ誰が想起するかによって、正面から見た歴史の顔は多様に変化します。僕らは歴史を横から見ているときにも、実は誰かが正面から見た歴史を横顔だと勘違いしているだけなのかも知れません。

 世界有数の設備と評されるアメリカはワシントンDCのスミソニアン博物館。1995年、この博物館で、第二次世界大戦終結50周年を記念して、核兵器が現代の社会にとってどのような意味があるのかを問う特設展が企画されました。この企画の目玉は原爆投下機である「エノラ・ゲイ」号を「歴史の文脈の中で展示する」というものでした。もちろん広島・長崎の被爆の様子についても大々的に取り上げ、広島平和記念資料館と長崎国際文化会館から、被爆者の遺品も貸し出され展示される予定でした。(その中には溶けたロザリオやマリア像もありました)しかし、展示案が発表されるやいなや、退役軍人団体、マスコミ、そして議会からも猛反発を招きました。

 戦後のアメリカでは、太平洋戦争は正義と民主主義を守るための「善い戦争」であり、原爆の投下は戦争の終結をはやめ、日本本土への上陸作戦を回避するために不可欠で、もし本土決戦が行われていたら犠牲になっていたはずの100万人のアメリカ軍兵士、そして多くの日本軍兵士と市民の命を救った、と教えられているんですね。そうなると、「エノラ・ゲイ」は多くの命を救い、「正義」の戦いに勝利した記念すべき飛行機、ということになります。そういう視点からすれば、焼け焦げた女学生の弁当箱や学生服、溶けたロザリオなどを具体的に展示して「原爆投下は正しかったのか」と問うことは、その歴史自体を書き直すことになります。文脈が変わってしまうんです。文脈が変わることがマズイのではなくて、そもそも受け入れられない状態である、とも考えられそうです。「英雄的アメリカ」が「悪魔的アメリカ」に変わることを、受け入れるのはアメリカ的には非合理でしかないですね。日本人が見ようとしない過去と似ているのかも知れません。結局何度台本を修正しても反対が収まらず、原爆展は中止に追い込まれます。代わりに、歴史の文脈から切り離し、是非を問わないカタチで「エノラ・ゲイ展」が開催されました。

 長崎原爆資料館で当時13歳だった女性の手記が目にとまりました。その時の恐怖と地獄の思いは死が訪れるまで忘れることは出来ない。原爆と新聞などで見聞きするだけで身体中が悲しみと怒りで震えてしまう。原爆そのものとその言葉をこの世から消してしまいたい。そういう内容でした。元日本兵の飯田進さんを訪ねたのは、2010年の夏のことでした。戦争についてそんなに簡単にはなすことなんてできない。みんなそれぞれの戦争を闘っていたんだ、と仰る飯田さんは、それでも「過去から現在を逆照射しなければいけない」とお会いするたびに語って下さいました。もう、誰もが忘れようとしている、日本兵として自分が関わったことを白日に晒しながらの魂の叫びです。僕はこのことを伝え続けなければいけない。それは僕の想いでもあり、飯田さんとの約束です。「歴史のようかん」を1945年で切って、そこから現在を見たとき、僕らには何が見えるのでしょうか。それは想像することしか出来ないかも知れません。しかし、激しく流れていく歴史を正面から見ようとすることは、今ここに居る僕らにしか出来ないのだと思います。

(ヤハギクニヒコ)

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03【回廊】安藤理智
『Ready to Fight』


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常夏のタイにアイスホッケーチームがある。
先月カザフスタンで開催された第7回冬季アジア大会にタイ代表が出場。プレミアディビジョン(2部リーグ)ながら、銀メダルを獲得。
アイスホッケーは氷上の格闘技。試合に臨む選手達は極限まで集中力を高めてからリンクへ向かう。
暑い国の熱い男達はとても輝いている


(写真+文=安藤理智)

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07【編集後記】『無自覚の境界線を感じること』

 アフタモードとしては普通の状態ですが、メンバーの半分以上が海外です。ちょっとその辺に、と言う感覚でぽんぽん行っているように見えるかも知れません。もちろんそういう側面もあるのですが、そこにはそれなりの準備と覚悟が必要です。佐藤が訪れているDRコンゴは、武装勢力が多く、アフリカの中でも特に危険な地域といわれています。隣の国ザンビアでも、コンゴには行くな、と忠告されたと言います。いったいなぜ、危険地域に足を踏み入れるのか。その前に、なぜその地域は危険なのか。どうすれば危険でなくなるのかをイメージして欲しいと思います。地球規模でものを考えたとき、人類による歪みは明らかです。どこかの国で起こっていることは、決して他人事ではありません。しかし、それを他人事としてしまう価値観が、社会を歪ませているのではないでしょうか。僕らが考えているのは頭ですが、手足が怪我したら当然他人事ではありません。家族や友人でもそうでしょう。ではその境界線をいったい何処に設定しているのか。あるいは無自覚にされてしまっているのか。全ては僕らの世界で起こっている、僕らのことではないか。そう自問する感覚を忘れないように、また、来週お目にかかります。

(ヤハギクニヒコ)

04【告知】3月6日ヤハギクニヒコ
鏡明塾『風水入門』

 今回も以前からリクエストを戴いておりました「風水」を扱います。僕が風水の現場を見ようと香港に渡ったのは2003年でした。そこで感じたことは、壮大な歴史や経験知と共に、現代に力強く作用している風水の底力でした。日本で流行している風水は、形だけの「おまじない」になってしまっていますが、本来は儒学や易経の流れをくんだ、哲学と環境デザインの学です。その辺の流れを明らかにしながら、実践として生活で風水を活用する切っ掛けになればと思います。(この日は一般コースのみの開催です)


◆鏡明塾2011 一般コース第3回 3/6(日)

 [一般]13:05~14:50(306教室) テーマ『風水入門』
★全ての講座とも先着20名とさせて戴きます。 (単発で受講されても大丈夫です)
神奈川県民センター(横浜駅西口徒歩8分)にて、参加費用は各コースとも一般・大学生2500円、中高小学生2000円(教材費等全て込み)です。
(※中高生が一般コース、一般の方が中高生コースを受講することも出来ます)
(※受講費は当日お持ちください。振り込み希望の方はお申し出ください)
申し込みはメールにて承ります。
タイトル【鏡明塾予約】日付・コース・名前(参加希望者全員分)で
yahagi.sa@gmail.com
までお願いします。ご要望、ご質問等もこちらまで。では、みなさんの御参加、お待ちしております!

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05【告知】3月13日AFTERMODEgroove
『ドキュメンタリー・フィルム・フォーラム』開催(続報)!

 世界にはたくさんのドキュメンタリー・フィルムが存在します。しかし監督やスタッフたちが「どうしても伝えたい思い」を込めたフィルムも、まだまだ知る人ぞ知る作品にとどまってしまっています。スーザン・ソンタグ亡き今、ラディカルな視点で草の根的に、意義あるフィルムを広めること、その場でゲストたちとカジュアルに意見を交わせる空間を作っていくこと、僕らはその必要性を感じています。
 『それでも運命にイエスという。』の監督は、映像に関しては全くの素人である葉田甲太と小川光一の2人。制作時はごく普通の大学生でした。世界が知らない、知ろうともしないカンボジアのHIV患者たちの生きた証から目をそらさなかった彼らの思いとともに、まずは横浜の地で、僕らも歩みを始めます。
 是非、誰かの問題意識、視点に触れ、世界と自分とが対峙する。そのような機会にして戴きたいと願っております。
(当イベントは『それでも運命にイエスという。』日本一周上映会のコラボレーション企画です。国際協力に関わる約50団体が連動し、全国33ヵ所でイベントを行っております。
 横浜版では、さらに2作品を集めた『ドキュメンタリー・フィルム・フォーラム』を開催いたします。)

〔出演〕
ナビゲーター:ヤハギクニヒコ(studioAFTERMODE代表)
インタビュアー:朴 基浩(Dream×Possibility共同代表)
ゲスト:葉田甲太・小川光一(LUZ FUCTORY)・久保田弘信(フォトジャーナリスト/アジアニュース)・松田健作(LIVEonWIRE)

〔上映〕作品UFPP国際平和映像祭発表会選出作品『それでも運命にイエスという。』(監督:葉田甲太・小川光一) また、『僕が見たアフガニスタン』でお馴染みのフォトジャーナリスト久保田弘信氏をゲストに迎え、様々な角度からドキュメンタリーについて考察します。

※上映後は監督・スタッフたちによるトークセッションを予定しております。

〔詳細〕
『ドキュメンタリー・フィルム・フォーラム』
日時:3月13日(Sun) 14:30(14:00開場)-18:00
場所:横浜ワールドポーターズ(http://www.yim.co.jp/index.html)
主催:studio AFTERMODE ・NGO LIVEonWIRE

〔チケット〕
前売り:1500円
当日 :1800円

〔お申込み〕
氏名、年齢、人数などを明記の上、以下のアドレスまで
forum@aftermode.com

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06【報告】3月19日佐藤慧
『毎日ウィークリー』に掲載

3月19日発売の『毎日ウィークリー』に佐藤慧のザンビア取材写真を掲載して頂きます。よろしければぜひご覧下さい。

http://mainichi.jp/life/weekly/next

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【再掲告知】
◇◆2011 studioAFTERMODE
卓上カレンダー発売中!!◆◇


今を大事に生きることと、
過去や未来を無視することは違います。
それは、長い歴史においても、ほんの最近のことでも変わりはありません。
関わりの中で、うねりながら流れていく僕らの、1つの物差しになればと願い、今年もカレンダーを作りました。

ご購入希望の方は、
タイトル「アフタモード商品購入希望」とした上、

・お名前
・ご住所
・電話番号
・部数
・返信用メールアドレス

を明記の上
store@aftermode.com
までメールをお願いします。
折り返し代金の合計と、お振り込み先をご連絡いたします。

安田菜津紀作品集「アンダンテ」も販売しておりますので、そちらもよろしくお願いします。
詳しくはアフタモードホームページ
http://www.aftermode.com/

上部メニューバーの【STORE】をクリックしてください。

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【再掲告知】
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『AFTERMOD E-PRESS』はWEBでの閲覧を想定して編集をしておりますが、写真や画像を除いたテクスト版をメールマガジンにて配信いたします。「メールマガジン」ページに登録フォームを作りましたので、ご希望の方はご登録をお願いします。ある程度の人数までは手作業で登録をし、実験をしつつの配信になると思いますが、よろしければご登録をお願いします。(イベントなどの優先予約等の特典も付けさせて頂きたいと考えております)

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アフタモードスピリット【アフタモード魂十則】株式会社スタディオアフタモードの社訓。外向けには全貌が伏せられているが、プロとして、社会人として、そして人間として何が重要かという思考・行動規範をヤハギがまとめたもの。できた当初は「電通鬼十則」にあやかり「アフタモード鬼十則」だったが、安藤の意見により「魂十則」に変更してメンバーにリリースされた。

せつじつ【切実】「切実を切り出さずして、何が思想であろうか。切実に向わずして、何が生活であろうか。切実に突入することがなくて、何が恋情であろうか。切実を引き受けずして、いったい何が編集であろうか」とは松岡正剛師の言葉。僕らは切実だからこそ本気になれる。そのことに気づいているかどうかが重要だ。

イープレス【E-PRESS】インターネット上で配信される電子雑誌。そもそもプレスというのは、定着を表すのだが、電子雑誌の場合改編が簡単なため、あまりプレス感が無く、コピペなどの無断引用に弱い。PDF化により多少プレス感を出すことが出来るが、リンクを張れないのでデメリットも多い。

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第64号(9月1日)【政経評】『数と人』矢萩邦彦『社会学曼陀羅11:詩と批評について』佐藤慧『経済と友愛 ~ある猟師の物語~』笠原正嗣『民主主義と効率』松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ14』『抗う理性』

第63号(8月1日)【アート】『通り過ぎること』水野清仁『E-PRESS_63号 - studio.AFTERMODE -』佐藤慧『青く透き通るような風』笠原正嗣『日本の発想』 松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ13』『風』

第62号(7月1日)【労働】『継続する結果』安田菜津紀『陸前高田市、小友町の天洋丸にて。』佐藤慧『君の瞳』 笠原正嗣『インフレ・円安を考えてみる』 松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ12』『情報と存在学』

第61号(6月1日)【死生観】 水野清仁『s.AFTERMODE-PRESS 2013.6.1』 矢萩邦彦『時代と死生観』佐藤慧『ゆく河の流れは絶えずして』安藤理智『無題』 笠原正嗣『イマ』

第60号 (5月1日)【教育】矢萩邦彦『中学受験と社会問題』笠原正嗣『共感と思考』佐藤慧『未来の主役たちへ』安藤理智『教育現場の素地』松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ10』

パラリンピック特集7号 『見えないコミュニケーション』矢萩邦彦『音の世界の中で研ぎ澄まされる~ゴールボール日本チームのパラリンピック(3)』

パラリンピック特集6号 『セミファイナル後半に挑む。』 矢萩邦彦『音の世界の中で研ぎ澄まされる~ゴールボール日本チームのパラリンピック(2)』 安田菜津紀 第8回「名取洋之助写真賞」受賞」

パラリンピック特集5号 『鈴の先の「金」を目指して』 矢萩邦彦『音の世界の中で研ぎ澄まされる~ゴールボール日本チームのパラリンピック』

パラリンピック特集4号 『おめでとう!秋山里奈選手金メダル獲得!!』 矢萩邦彦『Go!Go!里奈!!~全盲の水泳選手秋山里奈と応援団のパラリンピック(3)』

パラリンピック特集3号  『ロンドンパラリンピック 秋山里奈応援団!! ~背泳ぎ決勝直前、会場前にて』 【速報】矢萩邦彦『Go!Go!里奈!!‐今夜背泳ぎ決勝進出』

パラリンピック特集2号 『ロンドンパラリンピック 秋山里奈応援団 ~背中に響く里奈の声』 矢萩邦彦『Go!Go!里奈!!~全盲の水泳選手秋山里奈と応援団のパラリンピック』

パラリンピック特集1号『始まりの帰路』

第59号 (7月3日)『基準で見るということ』 松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ9』安藤理智『ブレードランナー 夢の舞台を駆け抜ける』

第58号 (7月17日)『忘れないと思ひ出す』松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ8』佐藤慧『今を生きる』

第57号 (7月3日)『所属と経験と区別する必然性と』 松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ7』 笠原正嗣「マンダラ発光展@gggを見て」(後篇)

第56号 (6月18日)『良き杖を手に力強く足を前に』 松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ6』笠原正嗣「マンダラ発光展@gggを見て」(前篇)

第55号 (6月4日)『専門の弱さ』 松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ5』 水野清仁『女性』

第54号 (5月13日)『ズレと忘却を越えて』 松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ4』 安田菜津紀『あなたのいない、これからの時間を。』

第53号 (4月30日)『誰が為の未来』 松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ3』 安藤理智『ため息のでる美しさ アヤソフィア』

第52号 (4月16日)『情報はサイである』 松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ2』 佐藤慧 『アフリカ再訪 2012春 (4)Way Station「道の駅」-それぞれの未来へ』

第51号(4月2日) 『何度でも考えること』 鼎談:松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ』 佐藤慧『アフリカ再訪 2012春 (3)ジュバ-産声をあげた国』

第50号(3月19日)『それぞれの日常、それぞれの未来』 安田菜津紀『HIVと共に生まれる~ウガンダ取材~』 佐藤慧『アフリカ再訪 2012春(2)チンサリ-森の未来、人類の未来』

第49号(3月5日) 「伝える」から「伝わる」へ 佐藤慧『サラーム・キルギスツアー2011-天山の真珠に触れて-⑤ 再会を約束して』 笠原正嗣『古典音讀』

第48号(2月21日) 『haveとbehave』 佐藤慧「アフリカ再訪 2012春 (1)ルサカー季節は巡り」 ヤハギクニヒコ『社会学曼陀羅10:メディア論的身体論』

第47号(2月7日)『人を活かすために』 佐藤慧『サラーム・キルギスツアー2011-天山の真珠に触れて-④シベリア抑留者の遺産』 笠原正嗣 『新陰流とアナトミー(解剖学)』

第46号(10月18日)『忘れ物』 安田菜津紀『HIVと共に生きる 新しい命、残された命』 安藤理智『朝の浜辺』

第45号(10月11日)『型から想起する』佐藤慧『サラーム・キルギスツアー2011-天山の真珠に触れて-③イシク・クルの朝日』笠原正嗣『新陰流とアフォーダンス』

第44号(10月4日)『自分に出来ること』矢萩邦彦上海講演『災害時における「任意NPO」という方法の可能性と課題について』(後編)安藤理智『島の夕暮れ』

第43号(9月27日)『何を受け取り、何を伝えているのか』佐藤慧『サラーム・キルギスツアー2011-天山の真珠に触れて-②キルギスの家族』笠原正嗣『日本の症状4-「ニュースは見るだけ無駄。」と思わせる仕掛け。』

第42号(9月20日)『「問題」を見つめる』』矢萩邦彦上海講演  『災害時における「任意NPO」という方法の可能性と課題について』(前編)安田菜津紀 『路地裏に生きる子どもたち』

第41号(9月13日)『知り、行動し、悩み続けること』佐藤慧『サラーム・キルギスツアー2011-天山の真珠に触れて-①天山山脈の麓へ』笠原正嗣『日本の症状3―見ているのか、見させられているのか』

第40号(9月6日)『生死を分けるTPO』ライフリンク代表、清水康之氏インタビュー『寄り添うために -報道を通して何ができるのか-』(後編)佐藤慧 『復興の狼煙(のろし)』

第39号(8月29日)『誰のためのメッセージなのか?』ライフリンク代表、清水康之氏インタビュー『寄り添うために -報道を通して何ができるのか-』安田菜津紀『1本松に寄せる想い』

第38号(8月22日)『記憶を記録すること』安田菜津紀『新しい瞬間を写真に込めて』安藤理智『隣国の少女』

第37号(5月27日)『言語の力と限界と』佐藤慧×矢萩邦彦アフリカ取材実況対談『コンゴ民主共和国の今(後編)』笠原正嗣『日本の症状2~原発反対運動と電力不足』

第36号(5月20日)『情報とイメージと信用と』笠原正嗣『日本の症状1』佐藤慧×矢萩邦彦アフリカ取材実況対談『コンゴ民主共和国の今(前編)』

第35号(5月13日)『想いと時間』佐藤慧『悼む時間』笠原正嗣『レンブラント時代からのオランダと日本』

第34号(5月6日)『「私援」するということ』安藤理智『11年目のトランジット 第3話 ~ほほえみの国の落とし穴①~』ヤハギクニヒコ『社会学曼陀羅9:社会学曼陀羅09:ボランティアとアナキズム』

第33号(4月29日)『もう二か月か、まだ二か月か』日玉浩史×矢萩邦彦『日本の未来のために』佐藤慧Twitterなど情報まとめ4月後編

第32号(4月22日)『狭間を感じて』笠原正嗣『ピンセットのような建機の世界で』 佐藤慧Twitter情報まとめ4月前編

第31号(4月15日)『現想と錯綜』ヤハギクニヒコ「陸前高田取材報告」佐藤慧Twitterなど情報まとめ

第30号(4月6日)『幻実とタイミング』安田菜津紀『帰ってくるとそこは、もう出発前と同じ日本ではなかった』ヤハギクニヒコ『社会学曼陀羅08:震災に思う平和学の未来』

第29号(3月25日)『知ることで未来を照らす』佐藤慧『心震えるとき』『県立高田病院からの光景』笠原正嗣「原発状況:続報」

第28号(3月18日)『東北・関東大震災と原発事故』ヤハギクニヒコ『災害志援NPOみんつな 設立』笠原正嗣『福島原発 爆発に備えて』

第27号(3月8日)『旅をすること、変わること』佐藤慧『アフリカレポート 2011年2月編』笠原正嗣『北斎流:江戸のイメージアップ奮闘記 vol.7』

第26号(3月1日)『視点の始点』安田菜津紀『明日を忘れないために~フィリピンの歌声』ヤハギクニヒコ『社会学曼陀羅07:歴史の真顔と横顔』安藤理智『Ready to Fight』

第25号(2月22日)『読み書き飛び交うネットワーク』安藤理智『11年目のトランジット 第2話 ~見えないカースト社会②~』笠原正嗣『北斎流:江戸のイメージアップ奮闘記 vol.6』安田菜津紀『あなたに見せるために』

第24号(2月16日)『spec+α』佐藤慧『人間遍路 vol.03 「差異を超えて」』ヤハギクニヒコ×佐藤慧 『schoolAFTERMODE開校前夜――理想の学校、理想の教育(後編)』

第23号(2月9日)『痛みを忘れずに』安田菜津紀『それでも希望へ進んでいく~カンボジア緑の村から③』ヤハギクニヒコ×佐藤慧 『schoolAFTERMODE開校前夜――理想の学校、理想の教育(前編)』

第22号(2月2日)『差異・彩・祭・才』安藤理智『11年目のトランジット 第1話~見えないカースト社会①~』ヤハギクニヒコ『社会学曼陀羅06:ツッコミと社会学』【回廊】笠原正嗣『影向

第21号(1月25日)『未知の領域に踏み込む視点』笠原正嗣『北斎流:江戸のイメージアップ奮闘記 vol.5』ヤハギクニヒコ『社会学曼陀羅05:体が先か心が先か』

第20号(1月18日)『Topical Aura』佐藤慧『人間遍路vol.02 未来の種を蒔く』ヤハギクニヒコ『社会学曼陀羅04:クールな合理化の非合理性』安藤理智『人間は成長する生き物』安田菜津紀『HIVと共に生まれる』vol.1

第19号(1月11日)『自然を感じること、世界を感じること』安田菜津紀 『ウガンダからの風』笠原正嗣 『北斎流:江戸のイメージアップ奮闘記 vol.4』佐藤慧 『愛すること、愛されること』

第18号(1月4日)メンバーから新年のご挨拶+ギャラリー的新コーナー回廊スタート。

第17号(12月27日)『Station』佐藤慧『人間遍路vol.1』ヤハギクニヒコ『社会学曼荼羅03』

第16号(12月20日)『心が繋ぐ、あなたとの距離』安田菜津紀×ヤハギクニヒコ『HIVと希望と』安藤理智『タイスタイル』

第15号(12月13日)『境界の幅と合わせと重ね』佐藤慧『カルチャーショックvol.5』笠原正嗣『子規とゴッホ』

第14号(12月6日)『グローバルグリッドどフラット化の夢』笠原正嗣『北斎流:江戸のイメージアップ奮闘記 vol.3』佐藤慧『その祈りは誰の耳に』 の風』

第13号(11月29日)『縁感』佐藤慧『カルチャーショック』vol.4.風の吹くまま:Zambia、ヤハギクニヒコ『社会学曼陀羅02:インターネットと無縁の風』

第12号(11月22日)『動き出す労働の境界線』安田菜津紀『ある母子家庭に見る日本の貧困問題』、ヤハギクニヒコ新連載『社会学曼陀羅01:貧困とは何か?~環境と選択肢』

第11号(11月15日)『技術革新と本質へのフォーカス』安藤理智『レンズが捉えるスポーツの本質』、笠原正嗣『絵巻物とiPad/iPhone』

第10号(11月8日)『覚悟することと足りないことと』安田菜津紀『元日本兵・松浦俊郎さんを訪ねて』、ヤハギクニヒコ×小川光一『それでも運命にイエスという』対談(後編)

創刊9号(11月1日)『投影する世界と偶然と必然』佐藤慧『カルチャーショック』vol.3.、ヤハギクニヒコ×小川光一『それでも運命にイエスという』対談

創刊8号(10月25日)『過去という礎上に』ヤハギクニヒコ『過去と向き合う――カンボジア、虐殺から30年目の覚悟』笠原正嗣『北斎流 vol.2』

創刊7号(10月18日)『境動する社会へ』佐藤慧『カルチャーショック vol.2』ヤハギ×安藤対談『海外で生活すること(後編)』

創刊6号(10月11日)『融解する境界線』安藤理智『海外生活の心得』ヤハギ×安藤対談『海外で生活すること』

創刊5号(10月4日) 安田菜津紀連載『カンボジア緑の村より②』佐藤慧『アフリカレポート selection 9月編』

創刊4号(9月27日) 『江戸の日本とアフリカの今』笠原正嗣『北斎流:江戸のイメージアップ奮闘記(1)』 佐藤慧『南部アフリカレポート selection 8月編』

創刊3号(9月20日) 「世代を越えて経験を伝える」特集

創刊2号(9月13日) 佐藤慧『カルチャーショック』連載開始

創刊1号(9月6日) 安田菜津紀 『カンボジア緑の村より』連載開始

創刊準備0号(8月30日) 世界を笑顔にするために。